対談=臼杵陽×早尾貴紀 「大災厄(ナクバ)」は過去ではない イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』と米・エルサレム首都承認問題|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月12日

対談=臼杵陽×早尾貴紀
「大災厄(ナクバ)」は過去ではない
イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』と米・エルサレム首都承認問題

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第2回
これは政治であって、宗教紛争ではない。

臼杵 陽氏
臼杵 
 確かに歴史を確認する必要がありますよね。エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、三つの一神教の共通の聖地です。十九世紀に東方問題の一つとして起こったクリミア戦争は、オスマン帝国領にある聖地エルサレムの管理権を巡る、ロシアとフランスの争いに、イギリス等の列強が介入した国際紛争でした。そしてエルサレムは、十六世紀以来統治してきたオスマン帝国から、第一次世界大戦でイギリス帝国の委任統治下に入り、一九四八年までその状態が続きます。その時まではエルサレムを含む聖地について、原状変更しないという「ステイタス・クオ」の原則がありました。原状を変更すれば、それが必ず紛争につながるということで、原則は十九世紀以来守られてきたわけです。逆にいえばこの聖地管理権問題は、欧米列強がエルサレムに入った十九世紀に始まった、ともいうことができます。

一九一七年のバルフォア宣言でイギリスが、パレスチナにおけるユダヤ国家建設を支持したことから、同じくフサイン=マクマホン協定で、アラブ独立国家の樹立を認められていたアラブ人と、ユダヤ人シオニストとの衝突が起こるようになります。それを受けて、一九四七年に国連によって、パレスチナ分割決議案が出されます。このときには、エルサレムは国連管理下の国際都市とされ、いかなる主権国家もエルサレムに関しては、権利を主張できないと。当時はその分割決議に、アメリカも賛成していたのです。

しかし四八年にはイスラエルの独立宣言が出され、周辺のアラブ諸国がパレスチナに入り、第一次中東戦争となります。そして、先程早尾さんが説明されたように、イスラエルはエルサレムおよび全パレスチナを占領地として削りとるため、たくさんの血を流します。
早尾 
 これは聖地管理権を巡る問題なのですが、宗教紛争ではない、ということを明確にする必要がありますよね。パレスチナにおけるアラブ人対ユダヤ人の争いは、イスラームとユダヤ教の教義上の対立では決してない。これを二〇〇〇年来の宗教対立として語ることには問題がある。あくまで軍事占領の問題であって、植民地主義や人種主義といった、政治のタームで語るべき出来事だということです。この点については、臼杵さんは、政治と宗教をどのようなバランスで語るべきだとお考えですか。
臼杵 
 そもそもヨーロッパの列強が、聖地の争いとして、宗教を利用してパレスチナに入ってきたということなんですよね。先ほどユダヤ教の「嘆きの壁」の話が出ましたが、エルサレムには他に、イスラームのアル・アクサー・モスクと「岩のドーム」、キリスト教の「聖墳墓教会」と、三つの聖地があります。聖墳墓教会はイエス・キリストが十字架にかけられた場所で、十字軍以来、とりわけカトリックの信者たちはその場所が欲しくて仕方がなかった。十字軍は聖地奪還の闘いに挑みます。ただ、聖フランチェスコはスルタンと会ったりしています。そして聖墳墓教会の中にはカトリックとギリシャ正教会とが、同じように礼拝場所を持つことになりました。そこからさらに、キリスト教の聖地を、キリスト教の宗派間で争うということになっていきます。それぞれ、カトリックはフランスが支援し、ロシア帝国はギリシャ正教を支える。プロテスタントなので、聖地に関われない英国教会は、ユダヤ教徒を利用する。そのようにして、列強の対立の構図が出来上がっていったのです。

いってしまえば、バルフォア宣言などは帰結であって、それ以前からイギリスは、パレスチナでユダヤ教徒を利用することを考えていたんです。これは政治であり、決して宗教紛争ではない。このことは明確にしておかなければならないと思います。
早尾 
 詰まるところ、ヨーロッパ列強の利権を巡る紛争であると。
臼杵 
 実は日本の幕末とも同じ構図なんですよね。幕府側をフランスが支え、薩長をイギリスが支えて闘った。徳川慶喜が素早く大政奉還していなかったら、日本は内戦になって、クリミア戦争や中国のアヘン戦争のように、国が列強に分断されることになったでしょう。
早尾 
 パレスチナ紛争は、日本の読者にも遠い世界の出来事ではないということですね。
臼杵 
 幕末、クリミア戦争にイギリスやロシアが一生懸命になっていて、太平洋がたまたま軍事的空白になった隙をぬって、アメリカの黒船がひょっと入ってくるんですね。同じ頃、フランス公使としてきたロッシュは、その前はアルジェリアやフランス植民地の軍官僚でした。アラブ世界、とりわけ北アフリカに関して彼はプロで、日本を何らかのかたちでフランスの影響下に入れたいという意図があったことは明らかです。この時代には、一国史では見えない側面が、あるように思います。

この記事の中でご紹介した本
パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力/法政大学出版局
パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力
著 者:イラン・パペ
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
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