新橋アンダーグラウンド / 本橋 信宏(駒草出版)私小説的手法が共感を呼ぶ  人間模様をリアルに温かく描く|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月13日

私小説的手法が共感を呼ぶ 
人間模様をリアルに温かく描く

新橋アンダーグラウンド
著 者:本橋 信宏
出版社:駒草出版
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わが国、鉄道の発祥地として歴史に名を刻む新橋は、今ゆりかもめ新橋駅を境に近代的高層ビルが林立する汐留地区と昭和レトロの名残りを感じさせる新橋地区に二分されている。本書はそのうち後者の都市空間を徹底的に踏査したノンフィクションだが、読んでいて終始思い出していた言葉がある。「人間は人間に対して限りない興味を持つ。それも知らない人間よりも少しでも知っている人間への興味の方がはるかに大きい」。大正から昭和にかけて活躍したジャーナリスト・杉村楚人冠の言葉で雑誌ジャーナリズムの哲理とされるが、まさにその通りだと思った。新橋を舞台に実に多様な人たちが登場する。この土地で事業を興したメディアの風雲児、今もここに居を構える日本最後のフィクサー、幻の成人映画会社の創業者など。これらの人生が丹念に掘り起こされ、現存者には綿密なインタビューで迫る。巷の人々も続々と登場する。ホステスの平均年齢が70歳のバーを仕切る91歳のママ、ガード下の地べたから46年世の中を見続けてきた86歳の靴磨きばあちゃん、若い方では赤提灯街で注目を集めている22歳の名物女性店員など。みんなどこかで噂を聞いたり、実際に会ったりしている、“少し知っている”人たちだ。そんな人たちのことを詳しく教えてくれるのだから、ページをめくるのが楽しくてたまらなかった。

サラリーマンの街であるとともに、暗黒街、人外魔境的な面を持つ新橋には妖しげな仕事と空間もある。中国マッサージ店、レンタルルーム、交際クラブなど。著者は実に丹念にこれらを探訪しているが、そこでの人間模様を共感をこめてリアルに温かく描く。さすがに中国人娘の昏睡強盗については被害者に語らせているが犯罪記録を超えて一場の人間喜劇仕立てである。

全334ページ、一気に読ませてしまうのは、著者が新橋に対して格別の思い入れがあったからだ。24歳で週刊誌記者の仕事を始めたのが新橋の出版社で、そこで出会った人たちと界隈の店に出入りするうち物書きのプロとして成長していく。そして還暦を迎えた今、過ぎ去った時を求めるように気になる場所を歩き回り、もう一度会ってみたい人物の行方をを追うのだが、そこには何とも不思議なシンクロニシティ(意味のある偶然性一致)が作用して、「人生って不思議なものですね」と言わしめるドラマが織り込まれる。街の散策、歴史考証的な本は数多いが、本書が抜群なのは、著者がわが身を入れ込んだ私小説的手法が共感を呼ぶからであろう。

実は評者も著者よりもほんの少し早い時期に新橋に親しみ、仕事や遊びの空間としてきた。あの3月11日には赤坂から歩いて辿りついたニュー新橋ビルの階段に座り込み、交通機関が動き出すまでの長い半日間、末世のような風景を見続けた。そんな魂の原郷をよくぞ面白く、深く描いてくれた。心から感謝したい。
この記事の中でご紹介した本
新橋アンダーグラウンド/駒草出版
新橋アンダーグラウンド
著 者:本橋 信宏
出版社:駒草出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
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