風の中のマリア / 百田 直樹(講談社)百田 尚樹著 『風の中のマリア』 大正大学 鈴木 椋|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2018年1月13日

百田 尚樹著 『風の中のマリア』
大正大学 鈴木 椋

風の中のマリア
著 者:百田 直樹
出版社:講談社
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風の中のマリア(百田 直樹)講談社
風の中のマリア
百田 直樹
講談社
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学名ヴェスパ・マンダリニア――和名をオオスズメバチという彼女たちは、一生を女王バチとその「帝国」のために捧げる。「偉大なる母」女王アストリッドの帝国に生まれたマリアは、働きバチとしての体格と才能に恵まれ、帝国の第一線を担う優秀な狩人へと成長した。

マリアの羽は木立のはるか上を飛び、その顎は獲物の体を粉々に砕いて肉塊へと化す。巣の姉妹たちは彼女を「疾風のマリア」と呼んだ。

大自然の一角を舞台とした本書は、オオスズメバチのワーカー(働きバチ)であるマリアを主人公とする。人間でない主人公の物語でありながら、きわめて感情移入しやすい作品である。それは一人称で語られる情緒豊かな心情と、素朴で直接的な情景描写のおかげだ。野生の臨場感、小さな生き物の躍動、そして昆虫に似つかわしくないであろう、感情という要素でさえ、マリアの視点を通してくっきりと描きだされる。

昆虫を語り手として擬人化している作品だが、これはファンタジー小説ではない。実在するハチの生態と、彼女らが実際に遭遇しうる出来事が語られており、あくまで科学的な現実が物語を形作っている。作中には遺伝子ゲノムの解説をする場面があるほどだ。

読者はマリアと一心同体になってこういった科学的現実を学ぶことができる。そのため、ハチの生態が物語と複雑に関わる場面において、昆虫や科学に詳しくない読者でも苦労せずに物語を読み進められるのだ。そしてそれは主人公への共感を深めることにも繋がっている。昆虫に共感しながらその生涯を追体験するという、稀有な感情移入ができることは、本書の大きな魅力だ。

ストーリーとしては、この作品は愛情の目覚めを描いている。帝国という、生まれついた宿命に育てられたマリアが、一生を通して徐々にその感情を認識してゆく描写は必見だ。文のそこかしこに灯された小さな火が、累積されて大きな光となり物語を照らしだす姿は、まるで暗い洞窟の中を出口に向かって進んでゆくようで印象深い。

物語の中でマリアは、彼女にしかたどり着けない形の愛を見つける。それはどこか哀しくも底深い恋情として、マリアと読者の心を包みこむ。

また、作中でマリアは何度も、自らが戦士であることを強調する。帝国に尽くす、無情なワーカーとしての自らを誇り、それ以外の生き方を知らない。

自らを育てた状況と思想を世界のすべてと信じて、全力で行動する。誰も覚えがあるようなこの感覚は、きわめて人間的な心情のあり方と、その移り変わりを強烈に浮き立たせる。ハチも人間と同じように、限られた環境で自らの役割を果たすことによって、その環境内での存在価値を示してゆく。これはマリアの物語であり、また我々人間の物語でもある、とはいえないだろうか。

小さなハチを通して鮮やかに描かれる、命の営みと感情の揺れ動きは、生きることがどうして美しいのかを、読者に伝えてくれることだろう。
この記事の中でご紹介した本
風の中のマリア/講談社
風の中のマリア
著 者:百田 直樹
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
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