ブラームスとその時代 書評|クリスティアン・マルティン・シュミット(西村書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月13日

旧来の研究に風穴を開ける 
刊行から30年以上を経て翻訳が出版

ブラームスとその時代
著 者:クリスティアン・マルティン・シュミット
出版社:西村書店
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ドイツの出版社から出ている「大作曲家とその時代」シリーズの名著の1つが、刊行から30年以上の歳月を経てようやく、日本語版として出版された。本来ならばこうした訳書を出すべき大手音楽出版社がまったく元気がない中、近年あえてそれに取り組んでいる西村書店偉い!と、賛辞を呈したい。

さて、本の内容である。ブラームスと言うと、その厳めしい風貌や、19世紀の音楽界で自他ともに認める「進歩派」だったワーグナーの対抗馬として…本人の意思はともかく…周囲から「保守派」として祀り上げられたといった経緯から、守旧的作風の作曲家のように考えられてきた。そうした風潮に風穴を開けたのが本書であって、それは著者の言葉を借りるならば、「アカデミックという決まりきったイメージで捉えられがちであったブラームス」をめぐり、特に作品の分析に関して「再検討が試みられるようになった」近年の新たなブラームス研究の動向に掉さすものに他ならなかった。

それにしても、なぜブラームスは旧来の研究において、そこまでアカデミックと捉えられたのだろう。著者はその原因の1つを、彼がきわめて市民的な生活をした人間だったからだと指摘する。「19世紀の政治史・社会史を通観してみると、相反する2つの相貌が浮かび上がってくる。すなわち、前半の50年は騒乱と社会的・政治的変革への希求に彩られていたのに対し、後半は少なくとも表面的には、比較的安定した平穏な時代であった」。そしてこのような世紀の後半に壮年期を迎えたブラームスは、「人生のほぼ半ば以降は裕福な暮らしを営むことができた。いやそれどころか、ブラームスは芸術活動だけで富を築いた最初の作曲家であったといえよう。」

となると、ブラームスは単に19世紀市民社会の時代にべったり寄り添っただけの存在だったのか?そうではない、と著者は主張する。「要するに中心に置かれるのはブラームスの音楽である」、あるいは第二次世界大戦後の時期において「彼の作品をテーマとする新たな研究は手がけられなかった」という指摘が、本書のまえがきで幾度か出てくるのはそのためだろう。何しろブラームスに関する伝記は数多存在するにもかかわらず、それらが彼の人生に焦点をあてすぎたがゆえに、その作品に宿る独自性を見過ごしにしてきてしまったという現実が存在するのだから。

ただし単に独自性といっても、何でもかんでも守る、あるいは刷新するというのはブラームスのやり方ではなかった。このあたりは、豊富な譜例とともに施された詳細な説明をお読みになってください、というところなのだが、別段オタマジャクシが苦手ならば…著者の意図に反することになるかもしれないが…そのあたりをエイやっと読み飛ばしてもかまわない。というのも譜例以外のページでも、ブラームス独自の立ち位置について著者は繰り返し語ってくれるからである。たとえば民謡に関するくだり。「不朽の芸術的価値の存在を信じていたブラームスは、16―18世紀の音楽の場合と同様に民謡についても、高い芸術的価値を備えているがゆえに保存に値すべきものだけを保存すべきであると考えていた。」あるいは、彼が得意とした変奏曲について。「過去の音楽を熱心に研究し、職人の手仕事にも似た熟練した作曲技術を身につけたブラームスは、変奏技法に新たな地平を切り拓いたといえるほどなのである。」

つまり、単純に保守か革新かという枠踏みでは切り取れない。表層的な議論を超えたより深く成熟したところにブラームスの音楽は立っており、またそれこそがヨーロッパの文化の分厚さなのだろう。そんなヨーロッパ文化の奥底に連なる存在として、著者のシュミットもまた立っている。原著に見られる教養主義的かつ晦渋な書きっぷりには読んでいて溜息をついてしまうこともあったが、その持ち味を掬い取った翻訳者江口の語り口は、シュミットひいてはブラームスへの敬意なしにはありえぬものにちがいない。(江口直光訳)
この記事の中でご紹介した本
ブラームスとその時代/西村書店
ブラームスとその時代
著 者:クリスティアン・マルティン・シュミット
出版社:西村書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
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