二〇一七年度東京女子大学学会主催 公開連続講演会 歴史のなかの『LGBT』 第三回 記憶とジェンダーのポリティクス 『エメーとジャガー』を事例に考える 講師:石井 香江氏 (十月二七日)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月19日

二〇一七年度東京女子大学学会主催 公開連続講演会
歴史のなかの『LGBT』 第三回 記憶とジェンダーのポリティクス 『エメーとジャガー』を事例に考える
講師:石井 香江氏 (十月二七日)

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二〇一七年度東京女子大学学会主催公開連続講演会「歴史のなかの『LGBT』」が二〇一七年十月、四回にわたって開催された。第三回目の講演では、これまでなかなか研究されてこなかった分野であるナチ時代の女性の「同性愛」と記憶をめぐる議論をテーマに講演された。本講演をレポートする(全四回)。(編集部)

第1回
■「忘れられた犠牲者」・トライアングルのレリーフ

講師:石井 香江氏
第三回の講師は、歴史社会学、ドイツ・ジェンダー史を研究する石井香江氏(同志社大学グローバル地域文化学部准教授)。講演は、ドイツのダッハウ強制収容所跡にある、トライアングルのレリーフの意味を語ることから始められた。ナチスはトライアングルの組み合わせと色(赤:政治犯、緑:常習犯、青:亡命者、紫:聖書研究者(エホバ)、ピンク:男性同性愛者、黒:反社会的分子)で、被収容者を分類・序列化していた。レリーフはその分類に基づき犠牲者を追悼するものだが、その中に掲げられていない色がある。それが、緑(常習犯)、ピンク(男性同性愛者(註1))、黒(反社会的分子(註2))だった。この三色は戦後、ダッハウ国際委員会の決定で排除された。この分類・序列化には、囚人同士の連帯を阻もうとするナチの意図が反映されていて、階層の一番上は政治犯、最も下に位置付けられていたのが同性愛者だったと言われている。つまりこのレリーフは、ファシズムに抗した者たちを英雄化し、それ以外の存在を見えなくする時代状況を形象化したものともいえる。不過視となった犠牲者たちもまた、戦後長く沈黙を守っていた。しかし、七〇年代頃から、戦前から戦後への世代交代も手伝い、歴史学の潮流も変わり、被害者側に立った歴史観や市民の運動体が登場し、当事者たちの語りといったナラティヴが大きな位置付けを与えられるようになった。

「男性同性愛者にとって恥辱のシンボルだったピンクトライアングルは、戦後は根強い差別に抗する闘いのシンボルとして使われるようになる」。

八〇年代以降は、ユダヤ人といったいわゆる人種的マイノリティだけではなく、強制不妊・断種手術や安楽死の対象となった障害も持つ人々やシンティ・ロマ(一般的には「ジプシー」として知られる集団)、そして男性同性愛者が「忘れられた犠牲者」としてクローズアップされ、国内外二〇箇所以上に追悼碑が建てられる。しかし、誰が被害を受けたか、それをどう記憶していくかについてはいまだに論争が続いている。

・克服されない歴史

二〇〇〇年代になると、さらに大きな議論が巻き起こる。ベルリンの「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための追悼碑」(二〇〇五年)の真向かいの広場に作られた、同じく虐殺された同性愛者のモニュメント(二〇〇八年)が問題となった。コンペで選ばれたモニュメントに埋め込まれたテレビには、男性二人が延々とキスをする映像が流された。これが物議をかもすことになる。犠牲になったのは男性同性愛者だけでなく、女性同性愛者(註3)も含まれていたからであった。ドイツではこの議論を受けて、これに対抗して、女性たちが登場する映像も作成されたが、その表現に対しても批判がある。

「男性の被害が大きく取り上げられることによって女性の被害が見えなくなってしまう。そのことに対して、フェミニストはもちろん、LGBTの当事者組織の人たちも声を上げた」。

・映画「刑法一七五条」

ドキュメンタリー映画「刑法一七五条」は、ナチス政権下で同性愛者が置かれた状況について、米・ホロコースト記念博物館の学芸員クラウス・ミュラー(歴史研究者)が、六人の男女(男五、女一)にインタビュ―を試みている(ほとんどの人たちが九〇歳を超えて人生で初めて口を開いている)。ドキュメンタリーの中では唯一、アネッテ・アイク(後年、イギリスに亡命して詩人になる)という女性が、一九二〇年代に花開いた女たちのサブカルチャーやその後の迫害の一端について証言している。

「当時、女性の同性愛は一時的なもので治癒するものと認識されていた。また、政治的・経済的な影響力が弱く男性の庇護を必要としていた女性は、「性の主体」にはなり得ないと判断され、刑法の処罰対象ではなかった。むしろ、中絶をする女性が、男性同性愛者と同様にあからさまな迫害の対象となっていた。ユダヤ人のアネッテは辛うじてイギリスに亡命できたが、彼女の両親はアウシュヴィッツで亡くなった。この時代の女性同性愛者の被害は、ユダヤ人という属性の陰に隠れて、あまり前面に出てこないものである」。

※二〇一七年六月二二日、合意の上での同性間の性行為を理由に、戦後刑法一七五条の判決を受けた人々の名誉回復と補償が、連邦議会にて満場一致で可決されるところまで運動は前進している。

(註1)女性は刑法一七五条の処罰対象ではなかった
(註2)黒は反社会的分子のほか、精神障害、放浪者、売春婦、社会生活に適合しないと認識された人たち、人口政策的観点からナチ時代にますます望ましくないセクシュアリティを体現するようになった女性同性愛者も反社会分子として組み込まれていた
(註3)女性同性愛者は公式には刑法一七五条で処罰されなかったものの、「反社会的分子」という別の罪状で捕われ、虐待を受けたり、強制収容所の被収容者向けの売買春施設で強制的に働かされ、挙句の果てに殺された者もいたとする歴史研究が存在する
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2018年1月19日 新聞掲載(第3223号)
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