対談=石井光太×末井昭 桎梏の絶望漆黒の闇、光は待つか 『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月26日

対談=石井光太×末井昭
桎梏の絶望漆黒の闇、光は待つか
『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)刊行を機に

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二〇一五年二月二十日未明に起こった多摩川河川敷での中一男子生徒殺害事件は、数年経った今も記憶に新しい。
凄惨な殺害の経過と、加害少年と被害者との関係性、家庭環境、多摩川河川敷の夥しい献花など様々に注目が集まった。
作家の石井光太氏が、この事件について裁判を全て傍聴し、周辺取材を行い、その夜何があったのか再現・考察したのが『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』である。
その臨場感に、背中を寒くしながらも読み止めることができないだろう。
また現代の数々の問題があぶり出されてもいる。刊行を機に、エッセイストの末井昭氏との対談をお願いした。
(編集部)
第1回
■居場所のない少年たち

石井 光太氏
石井 
 この事件は報道もかなりされていましたが、取材をしてやりきれなさが募りました。

「現代ビジネス」の記事を拝読しましたが、末井さんはそもそも多摩川の現場を訪れようと思ったのはなぜだったのですか。
末井 
 昔、川崎に住んでいた、そのよしみとでもいうんでしょうか。川崎の町で遊んでいましたし、事件現場付近、味の素工場の辺りもよく知っています。犯人や被害者たちの姿に、自分を重ねて見るようなところもあって、事件に興味を持ったのでしょうね。

僕はこの事件を「居場所」の問題と捉えていました。家庭にも居場所がない、学校にも居場所がない。そういう少年たちの行きつく先が、多摩川べりだったのか……と。
石井 
 被害者だけでなく加害者も皆、居場所を持たない少年ばかりだったんですよね。加害者の少年たちは、極悪非道というよりむしろ、ハーフでいじめられていたり、不登校児だったり、マイノリティと括られる存在だった。

以前は裏社会にも、不良―暴走族―暴力団という受け皿があった。しかし、今はそれが崩壊して、代わりにどこにも居場所のない子どもたちが無秩序に漂流している、そういう印象なんです。

末井さんの著書『自殺』には、お母様がダイナマイトで心中をされたことが書かれています。末井さんは大きな拠り所を失って漂流したご経験があるのではないか、と思うのです。ただ漂流の仕方が、少なくともこの事件の周辺にいる子どもたちとは違う。これは時代の違いなのでしょうか。
末井 
 状況は今と昔とで、全く違いますよね。今の方がずっと厳しいと思います。八〇年代までは社会がもっとゆるかった。

僕は九〇年代の半ばぐらいまで、パチンコの雑誌を作っていたんですが、世の中には、パチンコ屋しか居場所がない人もいるんですよ。パチンコ屋はそれを分かっていて、居場所を作ってあげていた。例えば何台かだけ、ちょっとクギを開けておく。朝一番に並んでその台を取れば、何千円か稼げて生活できる。そういう生き方が容認されていたんです。もちろん店によりますけど。
石井 
 なるほど。
末井 
 社会全体に、落ちこぼれに居場所を残すゆとりがあった気がします。僕は用賀に住んでいますが、昔は公園でホームレスが寝ていても、町の人は見ぬふりしていたけど、今は排除されますね。そんなふうに社会がキチキチっとしていく中で、居場所を失った人が多いんじゃないかな。
石井 
 一方で今は、人工的に受け入れ場所を作る動きがありますね。「こども食堂」とか「子どもカフェ」とか。それによって救われる人がいないとは言わないけれど、今回の事件の関係者、あるいはその周囲にいる少年たちは、みんな一度はそうしたセーフティーネットに引っかかった経験がある。しかし、そこから零れ落ちているんです。そして零れ落ちる度に、より暗い、狭いところへはまり込んでいく。

先ほどのパチンコ屋の話は、自然発生的で自助的な救済ですよね。比べて行政やNPOの空間は、支援者と被支援者の立ち位置が定められ、当事者性に乏しくマニュアルに則った関係なので、被支援者にはあまり居心地がよくないんでしょう。人工的な居場所が果たしてどこまで有効なのか。
末井 
 パチンコ屋は、従業員の側にも、行き場のない人が潜り込めたんです。その日から働けて、寮もある。パチンコ屋の業界誌の後ろのページには、指名手配写真がたくさん載っていました(笑)。店の金を持って逃げたとか、業界内の指名手配ですけどね。

七〇年代の中頃はキャバレーに勤めていましたが、ここも即日働ける仕組みでした。母子家庭でも託児所があって、寮があって、ドレスも提供します、日払いもありで。訳ありの人たちが駆け込めるような場所でした。今も風俗にはあるかもしれませんが、昔は接客だけのキャバレーにもそういう仕組みがありました。行政が出てこなくても、引き受け場所が、自然に生まれていた。
石井 
 業界が一つの社会として形成されているんですね。 
末井 
 遼太くんが属していたグループの少年たちが、行き着く先は表社会にはないでしょう。でも、報道ではイスラム国をもじって「川崎国」なんて呼ばれていたけれど、日本では今、すごい勢いでヤクザなどの裏稼業を殲滅させているから、アウトローとしても生きられない。そこが悲しいと思ってね。
■幻想の受け皿と蟻地獄

石井 
 かつてアウトローとして生きるためには、それなりの社会性が必要でした。暴走族や暴力団でやっていくためにはコミュニケーション力が求められた。

でも、あの子たちはおそらく小学校の時点で、不登校になるなどして社会的な人間関係からドロップアウトしているんです。現在はドロップアウトが、許される風潮がある。学校が辛かったら行かなくていいよ、バイトが辛ければ辞めればいいよと。昔の辛くても耐えよ、という教育の方がよかった、と言いたいわけではありません。ただ家に引きこもっても、ゲームやパソコンがあって、二十四時間暇をつぶすことができる。社会から外れても、幻想の受け皿があるんです。でもそれはあくまで幻想なので、いくらゲームをしても社会への対応力は身につきません。

ひとまず居心地がいいところに逃げたつもりが、戻れなくなってしまう。社会からほんの少し外れたところに、目に見えない蟻地獄があって、知らないうちに足を取られている。そういう状況がある気がします。
末井 
 ゲームやアニメ業界は、現実から逃避したい人々を消費者として成り立っているし、彼らを救ってもいると思いますが。蟻地獄に落ちることになるのは、どこに問題があると感じますか。
石井 
 陳腐な答えですけれど、やはり家庭だと思います。家庭が学校の代用をすることはできる、でも学校は家庭の代用にはなれない。家庭は人生の土台だと思うんです。

この本では虎男と呼んでいる少年Aの家庭は、父親の稼ぎも悪くないし、母親はフィリピン人母グループのリーダー、祖父の介護を皆でしていたり、周囲からの評判は悪くありません。ただ父親にしても、母親にしても度を超したひどい体罰を加えていたようですね。虎男は親に安心感を持っていなかった。

少年B、剛(仮名)の場合は完全な育児放棄で、まずフィリピン人の母親と言葉が通じない。説明なしに、フィリピンの実家やアメリカの親戚の家に置き去りにされたこともあった。家の鍵も持たされていませんでした。

仲間の一人として、幾度か話をきいた黒澤(仮名)もそう。幼少期に父親のDVがあり、両親は離婚、その後彼は登校拒否になってまともな友人関係を築かないままゲームの世界へのめり込み、同じく不登校だった加害少年たちとゲーセンで知り合って仲良くなる。

シングルマザーの母親は韓流スターの追っかけをして、家にいても黒澤と向き合っていない。親子が家庭内別居しているようなもの。高校へ進学せずフリーターをしても親身にならない。

黒澤のような、表からは問題が見えない家庭の中で、子どもが居場所を失っていて、気づいたときには戻れないところにいる、ということがある。学校組織も民間組織にも、援助する人が増えているのに、家庭の実態が見えないので子どもの状況を把握できないのです。  
末井 
 仕組みはあっても、人に向き合えていないということですね。  
石井 
 向き合う人がいるかいないかで、子どもの環境は大きく違う。末井さんは、向き合ってもらった経験はありますか。
末井 
 ものすごくありますね。田舎だったからか、時代の違いか、地域社会が一つの大家族のようでした。我が家は、母親が隣の若い男と心中したから、結構な大ごとを引き起こしたわけですけど。
石井 
 末井さんがおいくつの時のことですか。
末井 
 七歳です。それから白い眼で見られるような雰囲気がなくはなかったけど、根っこのところでは、村全体に包み込むような空気がありましたね。だいたい、あっちもこっちも末井家で、どこも遠い親戚みたいなものだから。そうでなくても周りは山ばかりで、グレようがなかったです(笑)。そういう中で育った僕からすると、今は、存在そのものを許してくれるようなコミュニティはなかなかないのではないかと感じますね。
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この記事の中でご紹介した本
43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層/双葉社
43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層
著 者:石井 光太
出版社:双葉社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月26日 新聞掲載(第3224号)
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