文化資本  クリエイティブ・ブリテンの盛衰 書評|ロバート・ヒューイソン(美学出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月27日

文化の浸透/再配分の難しさ 
日本的文脈による成果誤読の恐れ

文化資本  クリエイティブ・ブリテンの盛衰
著 者:ロバート・ヒューイソン
出版社:美学出版
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クール・ブリタニア。クール・ジャパンの元ネタであるイギリスの文化振興政策の帰趨を知ることは、日本の文化事情の省察につながる。本書はその貴重な手がかりを与えてくれる。

本書は1997年から2010年代初頭まで、十数年間のイギリスの文化政策の功罪を忌憚ない筆致で裁定する。その内容の詳細に踏み込む前に著者、ヒューイソンの立脚点を確認したい。直訳の題名「文化資本」は矛盾をはらんだ言葉だ。もともとはブルデューが経済的な指標以外の視点から階級分析を行うさい用いたもの。本書は文化の浸透度を社会資本の再分配に見立てて、実現の度合いから政府の施策を評価する。

しかし文化や芸術は定量できない質の問題を持つから、齟齬を生みかねない。この隘路を著者は共有されたコミュニケーション=公共善と見立てて回避する。そこから、SNS、特にユーチューブを代表例とする誰でも既存のリソースを改変して別のものに仕立てられる最近のネットメディアのアプロプリエーション(流用、盗用)的手法に民主主義の活路を見出す。

美術はそれでも商品化の機能でハイアートという文脈の差異化をもたらす。著者の展望にやや甘さもある。しかしポストモダニズム王道の左派寄りスタンスは基本的に納得できる。

だが、著者の主張とスタンスがそのまま日本に受け容れられるか微妙な問題がある。日本ではポストモダニズム的平準化はニコニコビデオを見るように保守的な順応主義の傾向が強い。都合の良い点のみ読み替えられる怖れがあるからだ。

本書の柱はふたつある。まずトニー・ブレア首相の労働党政権下で進められた文化振興政策「クリエイティブ・ブリタニア」の是非(クール・ブリタニアは一時的な標語)、次の連立政権(保守党・自由民主党)下でのロンドン・オリンピックの文化事業の是非だ。

紙数の限りからまず結論を言えば、ヒューイソンの指摘は複雑な陰翳に満ちている。特にロンドン・オリンピックの評価がである。オリンピック公園の開発にあたり、自由であるべき言論は抑圧され、不透明な建設発注や特権階級のための施設建設が起こり、公共空間は徹底した管理が行われたという。開催時には軍隊による厳重警戒、来場者はスポンサー以外のロゴマークの服の着用を禁じられたという。この巨大な管理統制は来たる東京オリンピックへの警鐘でもある。

しかし、それでもヒューイソンの筆致は口うるさい左翼(すべてではない)も称讃したオリンピック開会式の精華を描きだす。不十分ながらも多文化主義の視点を取り入れ、映画『トレインスポッティング』のダニー・ボイル監督が芸術監督として采配をふるった祭典は確かに魅力的だ。

これが保守政権下での催事であったのは驚きだが、失策続きながらも文化に投資を行った労働党政権の成果でもあるように読める。このあたりは、日本と政治および文化事情があまりにも異なる。ボイルと同様の仕事を、安倍政権下で行われる可能性も低くない東京五輪に期待するのは間違いだろう。

この前段となるのが、本書の中核となるブレア政権下での文化振興策の功罪の裁定だ。ここには予想以上の惨状が紹介されていて驚かされる。その多くが政治的思惑と見通しの甘さによる自滅だ。これはニュー・パブリック・マネジメントによる成果主義の導入で成果が期待値として数字化され、一人歩きしてしまったからにほかならない。このあたりは日本もよく参照すべき点だろう。

この経営効率の視点を取り入れた文化産業による景気浮上策(クリエイティブ産業論)は日本では保守勢力によって担われてきた。左翼色をかなり払拭したとは言え、イギリスの労働党とはその内実が異なる。表現内容に政治的制約を課される日本にそのまま当てはめるわけにはいかない。

失敗は我が身に置き換え、成功は慎重に熟慮、が本書の良き読み方だろう。(小林真理訳)
この記事の中でご紹介した本
文化資本  クリエイティブ・ブリテンの盛衰/美学出版
文化資本  クリエイティブ・ブリテンの盛衰
著 者:ロバート・ヒューイソン
出版社:美学出版
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2018年1月26日 新聞掲載(第3224号)
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