ベルクソン『物質と記憶』を診断する 時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開 書評|平井 靖史(書肆心水)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月27日

生への注意、そして触手 
分野間の真の交流が生きた魅力的な論文集

ベルクソン『物質と記憶』を診断する 時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開
編集者:平井 靖史、藤田 尚志、安孫子信
出版社:書肆心水
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大きな声では言えないが、分野横断型のシンポジウムは学術的にはなかなか上手くいかない。それをもとに構成された論文集についても同様である。しかし本書は例外的に、分野間の真の交流が生きた魅力的な論文集になっている。比喩的に言えば、原子結合の「触手」のようなものが諸論文のあいだにいくつも見られるからだ。

本書の基礎となった国際シンポジウムは、日本ベルクソン・プロジェクト(通称PBJ)によって三日間にわたり開催された。哲学者ベルクソンの著書『物質と記憶』を読解する集いで、専門家以外には一見近寄りがたいが、その成果である本書を見るとこの懸念は払拭される。そこでは明らかに、「フランス哲学」や「大陸哲学」といった縄張り意識なしに議論が展開されており、評者のようなベルクソンの非専門家にも――むしろ非専門家だからこそ?――十分に楽しめる一冊であった。

章立てに沿って具体的に言うと、評者にとって本書の入口となったのは第2部「心と時間」である。評者はこれまで、おもに分析哲学の知見をふまえて、心と時間について考えてきた(まさに「心と時間」という題で某誌にエッセイを連載中である)。それゆえ第2部は評者にとって、ベルクソンを通して「心と時間」を知るものというより、「心と時間」を通してベルクソンを知るものであり、なるほど、私の言いたかったあのことはベルクソンの枠組みでこう言えるのだ、といった知識を得ることができた。それが可能であったのは、第2部の収録論文が諸分野に開かれた姿勢で書かれていたからにほかならない。

そして、いったんこのようにして本書の内部に入ってしまえば、そこから先は論文間の「触手」を頼りに読み進むことができる。たとえば、先述の第2部の諸論は、第3部「科学との接続」の諸論とも多くの触手で繋がっており、マイケル・R・ケリー氏によるコラムも、そうした触手の具体例(第2部デイントン論文と第3部太田論文とのあいだの)を描き出したものと言える。

ケリー氏のコラムに限らず、本書に収められた各コラムの有益性について少し記しておきたい。それらはシンポジウムでの質疑応答ののちに書かれたものであり、そのため、俯瞰的な仕方で諸論文の対照がなされている。評者のように、論文間の繋がりを頼りに本書を読み進める方にとって、それらはとくに助けになるだろう。

本書は四つの部から成り、まだ触れていなかった第1部は「読解の諸問題」、第4部は「芸術・道徳への展開」とそれぞれ題されている。ベルクソンの専門家にとってはおそらく第1部こそが正面入口であり、『物質と記憶』の諸概念――とりわけイマージュ概念――が多様に読み解かれるのを見ることで、ベルクソンに通じた読者であるほど、自分自身の『物質と記憶』像を再点検させられることになる。

本書の結びとなる第4部は、次の意味でユニークだ。収められた二つの論文ではそれぞれ、現代アート、そして道徳性の進化が『物質と記憶』読解のかたちで論じられている。これらが一つの部にまとめられ本書の最後に置かれたことで、芸術と道徳という一見バラバラのものが「生」の時間性をともに照射する。それはすなわち、主体性や自由によって彩られた「生への注意」を照らし出すものだ。本書をここまで読み進めたとき、評者が思い浮かべたのは、ベルクソンの処女作の一節である。

「要するに、われわれが自由であるのは、われわれの行為がみずからの人格の全体から発し〔…〕そして、前者と後者のあいだに、作品と芸術家とのあいだに時に見られるあの定義しがたい類似が存在する場合である」(『意識に直接与えられたものについての試論:時間と自由』、ちくま学芸文庫、191―192頁)。

この一節を記した精神は、後年の『物質と記憶』執筆時にも、ベルクソンのなかに在り続けたに違いない。
この記事の中でご紹介した本
ベルクソン『物質と記憶』を診断する 時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開/書肆心水
ベルクソン『物質と記憶』を診断する 時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開
編集者:平井 靖史、藤田 尚志、安孫子信
出版社:書肆心水
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月26日 新聞掲載(第3224号)
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