対談=巖谷國士・中条省平 澁澤龍彥の「記憶のプール」 巖谷國士著『澁澤龍彥論コレクション』全5巻(勉誠出版)完結を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年2月2日

対談=巖谷國士・中条省平
澁澤龍彥の「記憶のプール」
巖谷國士著『澁澤龍彥論コレクション』全5巻(勉誠出版)完結を機に

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澁澤 龍彥
没後三十年を経た今もなお、人々を魅了する著述家・澁澤龍彥。
昨年世田谷文学館で開催された澁澤龍彥展にも大勢のファンが訪れたという。この展示の監修者でもあり、長年の親交があった巖谷國士氏がこれまで書き綴ってきた文章や対談などを、全5巻という驚くべき分量に収めた『澁澤龍彥論コレクション』(勉誠出版)がこのほど完結した。
これを機に巖谷氏と仏文学者の中条省平氏に、澁澤龍彥という人物についてあらためて話をしていただいた。 
(編集部)
第1回
二年間社会に出てから東大に

巖谷 國士氏
中条 
 巖谷先生が澁澤さんにお会いになった時期、澁澤さんは東大仏文といったアカデミズムの環境に対してある種の孤独を感じていたらしいとお書きになっていますね。
巖谷 
 澁澤さんは旧制浦和高校のころフランス文学に目覚めて、平岡昇さんの教室に潜り込んでフランス語を始め、当時は仏文科に憧れていたと言っていました。ただ、受験で失敗して彼は就職したわけです。つまりいわゆる浪人ではなく、二年間社会に出ました。それが新太陽社で、「モダン日本」という雑誌の編集をしていた。
中条 
 吉行淳之介がいたところですね。
巖谷 
 そうです。そこで久生十蘭だとか、いろんな作家と出会っています。「モダン日本」という雑誌もちょっと特徴のある戦後派の、アプレ・ゲール的な世界だった。一方では小牧近江とか今日出海とかの下訳を頼まれたりもしています。だから二年間編集者をやっていたことは大きいのではないかと思いますよ。社会にいちど出てから二年後に東大に入ったんだけど、社会に出てから入るのとストレートで入るのとではだいぶ違うでしょう。
中条 
 お坊ちゃまたちとは違うと。
巖谷 
 そう。それでいわゆる仏文エリートが苦手になったということはあると思う。澁澤さんは酒をさんざん飲んでいたし、自分で書いているけどそのころにはもう童貞を捨てちゃってたりして、けっこう遊んでいたわけです。そういう大人としての感覚がまずあった。それが仏文科に入ったら、いわゆるエリートコースのアカデミズムが待っていたと。
中条 
 遊んでいたおかげである種の無頼派の最後みたいなものとオーバーラップしている感覚があるんでしょうか。
巖谷 
 無頼派的なところはあったでしょうね。当時の仏文は人気学科で、辰野隆がいて、鈴木信太郎がいて、それから渡辺一夫が中心になった時代ですね。ちょっと面白いのが、大江健三郎が後で入ってくるんだけれど、大江さんはアカデミズムが好きで、「渡辺一夫先生」の研究室の「優しい友人たち」とか書いていたわけね。澁澤さんにはその感覚がないんです。二年間編集の世界で揉まれた青年からすると、そんな仏文科の雰囲気が合わなかった。それに初めから研究者を目指すという自覚もなかった。
中条 
 そうですか。
巖谷 
 それは澁澤さんからよく聞きました。研究者を目指さなかったというのも、やっぱりその二年間が効いていたのか。作家たちと交流して、吉行さんに小説を見せたりもしていたらしい。だから物書きとしてやっていく決意がもうあったんじゃないでしょうか。ストレートで入ってきた学生とくらべると、ある意味で大人なんです。それが一つと、それから渡辺一夫的な正統性とはだいぶ違う発想があった。何しろ卒業論文がサドでしょう。つまりアンドレ・ブルトンに出会っちゃって、『黒いユーモア選集』で知った系譜に没頭して、それでサドをやるようになったんだけど、やっぱりサドが卒業論文では反対されたわけですよ。
中条 
 当然そうでしょうねえ(笑)。
巖谷 
 ただ、それを唯一人認めてくれたのが、井上究一郎さんだと言っていた。新しいもの好きというか、若き井上究一郎がサドをしっかりやりたまえと言ってくれたそうです。僕も指導教授が井上さんだったんですね。アンドレ・ブルトンを書いてシャルル・フーリエもやりましたが、当時でも仏文科には、そういうのをやるもんじゃないという空気がありました。二宮敬さんなんかは反対しましたよ。ただ、僕も研究者になるわけじゃないからいいやって。
中条 
 それはすごいですね。
巖谷 
 アカデミシアンを目指すなら、当時であればフローベールとかマラルメとかヴァレリーとか、なんとなく流行りのものがあるわけです。そういうものをやって、あとで先生の世話になるみたいな、そういう上下の流れがあるでしょう。それは澁澤さんには合わないですね(笑)。
中条 
 徒弟関係みたいなものですものね。
巖谷 
 それは嫌いだったでしょう。でもね、小牧近江の家に行って原書の『サン=ジュスト全集』を借りてくるとか、そういうこともやってるんです。だから大学が拠点というよりは、鎌倉にもう一つの拠点ができていたということかな。その後のポイントになるのは、詩人の岩田宏、つまり小笠原豊樹ですね。小笠原さんは澁澤さんより二つぐらい下だけど、外語大にいて語学がよく出来る人でした。ロシア語でも英語でもフランス語でも見事な翻訳を残していますね。その小笠原さんをはじめ、鎌倉に集まっていた若い文学・芸術青年のグループが生まれて、そこでの付き合いのが彼の文学生活の中心になり、同人雑誌を出すとかしていた。そこで小説も書きはじめたということです。
中条 
 その当時書かれた小説が、全集を編む時に巖谷先生によっていくつも発掘されていったわけですね。
巖谷 
 「サド侯爵の幻想」とかね。まあ出来はあんまり良くないけれど(笑)。サド対サン=ジュストという両極端が彼の中にあって、それが彼の最初のモティーフであることがよくわかります。
中条 
 たしかに。だからある意味で澁澤龍彥という名前が確立した60年代の後半ぐらいから見ると、若気の至りでサン=ジュストのことを言っていたように見えるけど、でも必ずしもそうではなくてその時は本気だった。ですから澁澤龍彥が『サド復活』と『神聖受胎』のあたりで「生産性の倫理をぶち壊せ」というアジ演説をぶち上げますよね。あのあたりにはやっぱりサドとサン=ジュストが等価のものとしてあり得るような、口幅ったいことを言えば革命みたいなものが、あの革命と縁のなさそうな方の中にもあったんじゃないかといった気がするんです。
巖谷 
 いや、革命と大いに縁があると思いますよ。澁澤さんは革命好きです。ただ革命と言ってもフランス革命で、ロシア革命にはあまり深入りしていない。それでもトロツキーの翻訳は自分からやりたいと言ったそうです。頼まれたんじゃない。
中条 
 そうなんですか。でもトロツキーはブルトンとの縁もありますしね。
巖谷 
 トロツキーを共訳している浜田泰三さんに聞いたところ、実は澁澤さんはああいうのが大好きで、やりたがったんだって。ブルトンとトロツキーの出会いについても書いているでしょう。『神聖受胎』に入ってますね。それは三十歳ぐらいになってからだけど、もう二十歳くらいからフランス革命が一つイメージとしてあった。サン=ジュストはどこから来るのかなとは思います。当時翻訳があったと思えないし。ただ、カミュの『反抗的人間』にちらっと出てくるから、僕は案外そのへんからかもしれないと思う。
中条 
 あれは、「革命は悪人を裁くのではなく、雷撃を喰わせるのだ」とかいってすごくカッコいいですね。
巖谷 
 カミュは「断頭台の文体」だとサン=ジュストを評している。あんなことを言われたら澁澤さんは喜ぶよね。
中条 
 しびれますねえ(笑)。
巖谷 
 当時は本がなかったんで、それを小牧近江の鎌倉の家から借り出した。小牧さんも面白い若者だというので下訳を頼んだりしている。僕もサン=ジュストは若いころに読んでいたから、ああいう人に興味を惹かれるのはよくわかる。これは澁澤さんの一つのポイントみたいなもので、人物から入る傾向があるんじゃないかな。
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この記事の中でご紹介した本
澁澤龍彥論コレクション 1 澁澤龍彥考/略伝と回想/勉誠出版
澁澤龍彥論コレクション 1 澁澤龍彥考/略伝と回想
著 者:巖谷 國士
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
澁澤龍彥論コレクション 2 澁澤龍彥の時空/エロティシズムと旅/勉誠出版
澁澤龍彥論コレクション 2 澁澤龍彥の時空/エロティシズムと旅
著 者:巖谷 國士
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
澁澤龍彥論コレクション 3 澁澤龍彥 幻想美術館/澁澤龍彥と「旅」の仲間/勉誠出版
澁澤龍彥論コレクション 3 澁澤龍彥 幻想美術館/澁澤龍彥と「旅」の仲間
著 者:巖谷 國士
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
澁澤龍彥論コレクション 4 澁澤龍彥を語る/澁澤龍彥と書物の世界/勉誠出版
澁澤龍彥論コレクション 4 澁澤龍彥を語る/澁澤龍彥と書物の世界
著 者:巖谷 國士
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
澁澤龍彥論コレクション 5 回想の澁澤龍彥(抄)/澁澤龍彥を読む/勉誠出版
澁澤龍彥論コレクション 5 回想の澁澤龍彥(抄)/澁澤龍彥を読む
著 者:巖谷 國士
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月2日 新聞掲載(第3225号)
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