ネバーホーム 書評|レアード・ハント(朝日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月3日

男に扮して南北戦争に参加した女の声

ネバーホーム
著 者:レアード・ハント
翻訳者:柴田 元幸
出版社:朝日新聞出版
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南北戦争がはじまり、インディアナの農場を夫とともに営んでいたコンスタンス・トムソンは、男性兵士として北軍へ入隊する。男に扮して行軍し、スプリングフィールド銃を構えながらも、故郷で待つ夫と手紙をやりとりし、亡き母に語りかける日々のなかで、彼女は何を目にし、何を思うのか。この終わりが見えない戦争の先に、いったい何があるのだろうか。

『ネバーホーム』の著者は、ポール・オースターがその才能を認め、翻訳者の柴田元幸が「これだと思った」作家レアード・ハント。本作はハントが、二〇一四年に発表した長篇六作目であり、邦訳作品としては三作目に当たる。柴田は前作『優しい鬼』の「訳者あとがき」で、ハントを「現代アメリカにおいてもっとも魅力的な声が聞こえる作品を書く作家」と評した。その「声」の魅力は本作でも存分に味わえる。
「わたしはつよくてあのひとはつよくなかったから、わたしが国をまもりに戦争に行った」
コンスタンスはこう語りはじめる。戦場でも男に引けを取らない活躍をみせる彼女には、歴戦の勇士の風格さえ漂う。そういうと、どんな人物をイメージするだろうか。豪胆? 慎重? 切れ者? 答えは、ぜひ本書を読んで確かめてほしいところだが、ひとついえるのは、コンスタンスが実に雄弁だということだ。この女主人公は淡々とよどみなく語りつづける。野営地で屋外便所を掘らされたこと、同僚の軽口、初めて殺した相手の姿、愛しい夫との思い出。その素朴で膨大な言葉の数々は、コンスタンスが見たことや経験したこと、彼女の心の内を浮かび上がらせる。それは戦争の悲惨で苛烈な現実から生まれたものであるにもかかわらず、おとぎ話に聞き入るときのような心地よさを与えてくれる。

実は、コンスタンスのように男性になり代わって南北戦争に参加した女性は実在し、数多くの記録が残されている。事実、レアード・ハントもさまざまな文献に当たったことを「謝辞」で明かしている。アメリカの文芸評論家エドマンド・ウィルソンは、著書『愛国の血糊』の序文冒頭で「アメリカ南北戦争の時代は純文学が栄えた時代ではなかったが、しかし、主として、演説とパンフレット、私信と日記、回想録と時事報告で成り立つ注目すべき文学を生み出した」(中村紘一訳、研究社、一九九八年、〓ページ)と述べている。つまり、南北戦争期は「声」の宝庫だったのである。キャラクターに独自の声を与え、その声に命を吹き込むことに長けた、まるでマーク・トウェインの語りの伝統を受け継ぐかのようなレアード・ハントが、まさしく「声」の宝庫であるこの南北戦争に題材を見いだしたことは運命的に思える。

とはいえ、『ネバーホーム』は単なる回想録や年代記のようなリアリズム作品ではない。あるいは抒情にかたよった昔話でもない。ここでは写実と抒情が鮮やかな技巧によって見事に練り上げられている。雄弁ながら訥々としたコンスタンスの語りには、どこか不鮮明なところがあり、あちこちに伏線が張り巡らされている。パズルのピースがかちっとかみ合うような瞬間も、突然、ピースが宙に浮いたような瞬間も訪れる。驚くほど大胆な手法である。

それはタイトルの「ネバーホーム」という造語にも現れている。いうまでもなく、これは時の流れにおける否定を表すnever(ネバー)と故郷や家を表す
home(ホーム)が合わさった言葉だ。この一見、簡単な英単語が組み合わさっただけの言葉は、多くのものを喚起する。家とは、故郷とは何か? そこに戻ることができるのか、できないのか? そもそも、そんなものがあったのか、なかったのか? 作品に対する問いかけは、そのまま自分に対する問いかけとしてこだまする。その反響が、読者を繰り返しコンスタンスの声へと引き寄せる。(柴田元幸訳)
この記事の中でご紹介した本
ネバーホーム/朝日新聞出版
ネバーホーム
著 者:レアード・ハント
翻訳者:柴田 元幸
出版社:朝日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月2日 新聞掲載(第3225号)
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