物語と歩いてきた道 書評|上橋 菜穂子(偕成社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月3日

物語に対する愛があふれる 
上橋作品が世界中の人を惹きつけるわけ

物語と歩いてきた道
著 者:上橋 菜穂子
出版社:偕成社
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1989年『精霊の木』でデビューし、「守り人」シリーズや『獣の奏者』『鹿の王』などの作品を世に送り出してきた上橋菜穂子さん。2014年には子どもの本のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞され、翻訳された作品は世界中で多くの読者を獲得しています。アンデルセン賞の受賞スピーチや、全国巡回した“上橋菜穂子と<精霊の守り人>展”に寄せられた特別インタビューなどが掲載された本書には上橋菜穂子さんの物語に対する愛があふれていて、作家の生の声が直接聞こえてくる、ファンはたまらない1冊です。

上橋さんは作家と文化人類学者の二束のわらじを履きながら物語を書いてきました。そのことは知っていても、数年おきにしか新しい作品が出ないことを待ちきれなく思っていたファンも多いことでしょう。「研究はやめて作家に専念してくれれば」と勝手な思いを抱いていたのは私ばかりではないはず。ですが作品に深みと広がりを与えていたことの一つに、間違いなく文化人類学者としての経験と知識があったことを、スピーチやエッセイが明確に示しています。小さな頃から物語を書く人になりたかったにもかかわらず研究者の道に進んだのは、自分を敢えて厳しい環境に置くことで「物語を描いていい人間」になることを志したからだという言葉に、上橋さんの作家としての核心を見た思いがしました。文化人類学者としてのフィールドワークを通して得た異文化体験は「世界の見方は一様ではない」ことの発見につながり、それが物語の登場人物の行動や心理に描かれることで読者の常識や価値観を揺さぶります。上橋さんの作品が世代や国を超えてあらゆる人の心をつかむのは、物語にそのような奥行きがあるからなのです。

文化人類学者としての経験と同じくらい重要なのが、幼い頃の読書(物語)体験です。語りの名人だった祖母や、たくさんの読み聞かせをしてくれた母の存在は大きく「自分で本が読めるようになるより前から、物語が好きで好きでたまらない物語中毒患者になってしまった」と振り返っています。後には『グリーン・ノウの子どもたち』や『第九軍団のワシ』「ランサム・サーガ」や『指輪物語』などの優れた児童文学に出会い、大きな影響を受けました。物語作家・上橋菜穂子の原点に数多くの本との幸せな出会いがあったことを示す、とても素敵なエピソードです。上橋さんはご自分を児童文学作家だとは考えていないとどこかで語っておられました。確かに作品はいわゆる子どもの本の枠に収まるものではありません。ただ、児童文学作家が大抵の大人の文学の作家と異なるのは、人と未来を強く信じていることではないかと思います。上橋さんは作品の世界を単純な善悪二元論で割るようなことはしません。人物はみな様々な正義が複雑に絡み合う中で、己がよりよく生きるためにどうすればいいのかを思い悩み行動する者として描かれます。そこにただ一つの正解はありませんが、読み終えた後に未来への希望が一筋の光のようにさしてくる物語は、間違いなく児童文学作家の魂を受け継いでいると私は感じています。

簡単には割り切れない現実の複雑さから逃れるために、せめて読書においては単純に正義が勝つ話を読んですっきりしたい―そう考えるのも悪いことではありません。でも、物語を読むことが現実逃避以上の何かを持っているとしたら、それは読書を通して前と後の自分が少しでも変わるような内面の深い体験をさせてくれることにあるのではないでしょうか。上橋さんの作品がなぜ世界中の人を惹きつける力をもっているのか、インタビュー・スピーチ・エッセイ集の言葉がそれを教えてくれます。
この記事の中でご紹介した本
物語と歩いてきた道/偕成社
物語と歩いてきた道
著 者:上橋 菜穂子
出版社:偕成社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月2日 新聞掲載(第3225号)
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