YOKAI NO SHIMA 日本の祝祭―万物に宿る神々の仮装 / シャルル・フレジェ(青幻舎)列島を繋ぐ強靱なイメージ 人間と非人間の境界を揺るがすものたち|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2016年9月9日

列島を繋ぐ強靱なイメージ 人間と非人間の境界を揺るがすものたち

YOKAI NO SHIMA 日本の祝祭―万物に宿る神々の仮装
出版社:青幻舎
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シャルル・フレジェによって見出された「YOKAI NO SHIMA」。それは実在する日本の土地ではなく、国でもない。作家の心の中に生まれ、写真作品の母胎となった想像の島であるという。一連の写真のモチーフは、北海道を除く日本列島58カ所から召還され、それぞれの土地の歴史や祭礼の文脈から意図的に切り取られたキャラクターであり、「YOKAI」と呼ばれている。「YOKAI」たちの住まう潜在的な空間は、それでもさまざまな現実の場所に繋がっている。キャラクターの背景には雪も岩も、田畑も草原も海辺もあり、多様な「列島の自然」と接続されている。

写真作品として演出された「YOKAI」は、人間と非人間の境界を揺るがす強力な魅力を放っている。かつて、ヨーロッパの異装神を「WILDER MANN =ワイルドマン」として取り上げたフレジェは、日本列島をめぐる旅を通して、それとは異質な、もう一つの他者像を描き出した。それは欧州の文明人に対置される「野生の人」とは似ているようで、どこか異なっている。この架空の島では、自然と人間の間を分けようとする境界は潮目のように移り変わり、野生と文明は絶えず混淆する。自然はもはや、人工的なものに対立する概念ではない。同様に、ここには人間性や神性に対立するような怪物性の類は存在していない。自然と人間、神聖さと猥雑さ、ユーモアと怪奇性が絶妙に混ざった「YOKAI」という概念こそ、これらの島々の住者に相応しい。

しかし、それでもやはり、この作品集の中には深い部分でユーラシア大陸の東西を結ぶビジョンが潜んでいる。年に一度、時を定めて訪れる来訪者の姿。そこから選び取られたキャラクターは、神や精霊の集団と鬼や魔物の集団のちょうど中間の領域に属していて、善/悪、浄/不浄、生者/死者の区別のつかない曖昧な存在だ。彼らの衣装は地域的な伝統に根差した、目の覚めるような美学を宿している。フレジェの描き出す「YOKAI」は、ヨーロッパの「野生の人」と合わせ鏡のように、西と東の文化的な感受性の違いを映し出し、またそれ以上にイメージの歴史の古層にある魂の共通性をも炙り出すのだ。

土着的な文脈から敢えて引き剥がされ、「YOKAI」として異化された無数のキャラクターたち。その魅力を凝視することは、潜在的な空間に生まれようとする新たな超越性の系譜を辿り、イメージの強靭さを問うことにほかならない。

この記事の中でご紹介した本
YOKAI NO SHIMA   日本の祝祭―万物に宿る神々の仮装/青幻舎
YOKAI NO SHIMA 日本の祝祭―万物に宿る神々の仮装
著 者:シャルル・フレジェ
出版社:青幻舎
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年9月9日 新聞掲載(第3156号)
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