A4または麻原・オウムへの新たな視点 書評|森 達也(現代書館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月3日

読みながら、ただただ混乱 
この本には、オウムの空気感がスリリングなほど詰まっている

A4または麻原・オウムへの新たな視点
著 者:森 達也
出版社:現代書館
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地下鉄サリン事件が起きてから、今年で23年になる。

日本で初めての無差別テロ、戦後最悪の凶悪事件。サリン事件を語る時、必ずといっていいほど使われる言葉だ。事件当時、二十歳のフリーターだった私は連日過熱していくオウム報道を食い入るように見ていた一人だった。周りの友人たちも、オウム報道に「熱狂」していた。電車に乗れば誰かが「ポア」なんてオウム用語を口にしていて、世紀末を前にした東京のあの変に浮ついた空気を、今でもはっきりと思い出す。

だけど今に至るまでわからないのは、結局「オウムとはなんだったのか」ということだ。

本書は、教団初期からの信者である深山織枝氏、早坂武禮氏、そして映画監督の森達也氏が、オウムの初期から現在に至るまでを語った一冊である。

二人がオウムに入ったのは、バブルの頃。グラフィックデザイナーだった深山氏は、ランチのためだけに京都に行くような享楽的な環境の中、精神的なものを求めてオウム神仙の会に出会う。早坂氏は、当時付き合っていた彼女がオウム信者だったことから入会。熱心な信者ではなかったものの、その後、妻の事故死をきっかけに出家する。人はなぜ生きるのか。人はなぜ死ぬのか。そんな問いは誰もが抱くものだが、二人の場合、たまたまそこにオウムの存在があった。

そんな二人は麻原の逮捕後、ともにオウムを脱会する。が、麻原に幻滅したわけでは決してない。もちろん、当時はサリン事件とオウムは無関係だと思っていたということもある。事件について知ってからは、とても教団にいられないという思いを持っている。が、二人は今も「解脱」を目指している。あの事件から20年以上経ってもだ。

二人がオウムに入った時と違って、この国にはもはやバブル時代のような享楽的な空気は微塵もない。逆に「失われた20年」を経て、閉塞はきわまり、格差・貧困は深刻化し、社会の不条理はより深まっている。閉塞は世界を覆い、今はすっかり下火となったものの、数年前にはISが世界中から仕事や居場所のない若者を呼び寄せていた。その一方で、オウムが修行に取り入れていたヨガは「ダイエット」「美容」「モテ」などというキーワードでこの国の女性たちに人気を誇り、「ストレスにきく瞑想法」としてマインドフルネスが流行っている。時代は大きく変わった。だけど、人は必ず死に至るし、「なぜ生きるか」という問いの答えはないままだ。Twitterに「死にたい」などと書き込んだ9人が殺害された座間の事件のように、多くの人の抱える「生きづらさ」は少しも解消していない。

そんな中、90年代とまったく変わらないキーワードで二人の元信者たちは語る。アストラル、真我、グル、ヴァジラヤーナ、マハームドラー…。

読みながら、ただただ混乱した。彼らをどう思えばいいのか、彼らがおかしいのか、おかしいのはこの世界なのか、それとも自分なのか、何もかもが次々と反転していくような感覚に振り回されながら、ああ、これだったのだと思う。オウムって、あの事件って、麻原って、こういうものだったのだと。そして時々、鋭い突っ込みをする森氏と二人のやりとりを読みながら、どちらが信者だったのかわからなくなってくる。

オウムとはなんだったのか、私はいまだにわからない。だけどこの本には、オウムの空気感が、スリリングなほどに詰まっている。
この記事の中でご紹介した本
A4または麻原・オウムへの新たな視点/現代書館
A4または麻原・オウムへの新たな視点
著 者:森 達也
出版社:現代書館
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月2日 新聞掲載(第3225号)
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