鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子 ESODが導く宗教史学の新地平  渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年2月9日

鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子
ESODが導く宗教史学の新地平 
渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に

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東洋英和女学院大学・大学院教授の渡辺和子氏による長年の研究の末、昨年刊行された『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)。
紀元前672年に記され、当時の文化や宗教観など様々な情報を読み取ることができる貴重な文書の総譜翻字等収録した本書刊行を機に、渡辺氏、一橋大学教授・深澤英隆氏、新潟大学教授・細田あや子氏による鼎談を行なった。 
(編集部)
第1回
発掘された粘土板文書の校訂・解読

渡辺 和子氏
深澤 
 渡辺先生は昨年、出版社リトンから『エサルハドン王位継承誓約文書』という大著を刊行されましたが、これは宗教史学、文献学、考古学など様々な研究において、まさに画期的な出版です。
渡辺 
 ありがとうございます。
深澤 
 改めて渡辺先生からこの文書について簡単にご説明いただけますか。
渡辺 
 「エサルハドン王位継承誓約文書」(以降ESOD)というのはメソポタミアから小アジアの一部、さらにエジプトに至るオリエント世界を版図に収めたアッシリア王国の王エサルハドンが紀元前672年、自らの死後、後継者を皇太子アッシュルバニパルに定めることを臣下や民衆に誓わせるアッカド語の誓約文書であり、粘土板に楔形文字で刻まれています。
細田 
 本書はとても重厚な作りになっていて、特に渡辺先生が取り組まれた翻字の部分に最も頁数を割かれていらっしゃいますね。
渡辺 
 なぜこれだけのボリュームになったかというと、総譜翻字(スコア・トランスリテレイション)、つまり行ごとに残存するテクストを、同じ単語がある位置に揃えてアルファベットによって翻字を作成したからですね。それに対訳としてアッカド語の読み下し文と邦訳の組み合わせ、注釈を添えています。

ちなみにこの本のサイズは実際の書板(縦45×横30センチメートル)の三分の二の大きさになっています(笑)。リトンさんによるカバーデザインが好評です。
深澤 
 原典を読みこむだけでも大変なお仕事ですけれども、その上で非常に入念な解釈をされている。国際的に見ても非常に価値の高い研究成果だといえますよね。
細田 
 渡辺先生はどうしてこの文書について研究しようと思われたんですか。
渡辺 
 学生の頃、『旧約聖書』を学ぶために東京大学の宗教史学科に進学し、修士課程でモーセ五書の「申命記」について修士論文を書いたのですが、その時に「申命記」とESODの関連を知り、この文書に興味を持つようになったのがきっかけです。博士課程2年目の1978年にドイツのハイデルベルクに留学をし、アッカド語を学び、アッシリア学を修めました。幸いにもそこは当時、ESODについて研究できる世界で唯一の大学でした。その後の博士論文作成の中で、1955年イラク北部のニムルドで発見され、大英博物館に収蔵されていたESODのオリジナル版の校訂作業に携わりました。
深澤 
 ニムルドで発見された文書は1958年、J・D・ワイズマンによって「エサルハドン宗主権条約」として公刊されています。
渡辺 
 ニムルドという地はアッシリア王国の首都の一つで、古代名をカルフといいます。この場所には書記の神ナブーの神殿跡があり、その王座の間からほぼ同じ文内容をもつ書板が9部(ニムルド版)出土しました。この文書はメディアという地方小都市の長たち9名に対して発行されたことがわかっています。

発見された粘土板文書群の半分はイラク博物館に保管されていたので、大英博物館に収蔵されていた残りの半分の文書を使って校訂作業を行いました。

それだけでなく、博物館キーパーのアーヴィン・フィンケルさんが協力してくれて、1955年のESODの発見時から残されていた未公刊断片を読むことができました。それは博物館の中で一つの砂の山のままで保管されてきたものでした。その中から文字の有無によって粘土板断片を仕分けし、番号(とりあえずは私のイニシャルでKW1、KW2…)をつけました。また、断片の間での接合を繰り返していきました。すると「エサルハドン宗主権条約」公刊時に比べて文書が正確に読めるようになり、「条約」ではなく「誓約」、アデー(adê)と呼ばれる誓約文書だということがはっきりしました。そして未公刊断片を含めてESODを新たに編纂して博士論文に仕上げ、1987年にドイツで出版しました。
細田 
 ワイズマンが公刊した時点では、解読できていない部分がかなり残されていたんですね。どうして公刊を急いだのでしょうか?
渡辺 
 それは読み解けた一部分から「申命記」と関連する部分が見つかったからでしょう。
深澤 
 その発見は当時の聖書学者たちの耳目を集めたでしょうね。その後、2009年にトルコのテル・タイナトで新たにESODの粘土板文書が神殿から発見されましたよね。これもまた大きな発見だったんじゃないですか。
渡辺 
 テル・タイナトで発見された文書(タイナト版)は神殿最奥の至聖所の祭壇の上に、裏面を上にして倒れていました。そのため、当時の激しい戦火で焼かれた時に、上になっていた裏面が特に高温で焼かれることになり、その結果、裏面の保存状態が極めてよいわけです。

テル・タイナトは古代名がクナリアであり、当時70余りあったアッシリア王国の属州の一つで、本国から派遣された代官が治めていた地です。

この場所でESODが発見されたということは、周辺地方の領主のみならず当時70名近くいた代官クラスの役人に対しても発行されていて、少なくともESODは数百部作られたことが確実です。さらにこのタイナト版は元々祀られていた場所から発見されたこともあり、ESODは各地の神殿に安置されていたことが推測できます。
細田 
 従来の研究成果を裏付ける上でも貴重な発見だったんですね。では、このタイナト版によりESODのテクストはどのくらい解読できるようになったのでしょうか。
渡辺 
 本文の構成は完全に解明できました。個人名や固有名詞など多少内容に違いはありますが、そういった点を除けばほぼ解読できたといえますよ。
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この記事の中でご紹介した本
エサルハドン王位継承誓約文書/リトン
エサルハドン王位継承誓約文書
著 者:渡辺 和子
出版社:リトン
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
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