緩まぬ演出、称賛に値する演技  冨永昌敬「素敵なダイナマイトスキャンダル」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

映画時評
2018年2月13日

緩まぬ演出、称賛に値する演技 
冨永昌敬「素敵なダイナマイトスキャンダル」

このエントリーをはてなブックマークに追加
男女の出会いの場面が素晴らしい。主人公の末井と彼の未来の妻、牧子の出会いだ。停電のさなかに二人を出会わせたのが何より映画的である。小説で停電を描いても、それだけでは文学的にならない。だが光と影で物語を語る映画では、停電によりその二つが画面上で交替するだけで映画的な表現が生まれる。『夜』、『女の中にいる他人』、『裏切り者』、『バードピープル』、『ディアーディアー』、『わたしたちの家』など、多くの映画が停電を巧みに描いてきた。冨永昌敬の『素敵なダイナマイトスキャンダル』は『〓嶺街少年殺人事件』と同様、男女の出会いと停電を重ねて秀逸だ。

冨永昌敬のこの新作で、末井は電気ストーブを使用しボロアパート全体を停電にしてしまう。末井が共用廊下にある分電盤を直そうとすると、反対側の奥の玄関が開き牧子が現れる。停電の暗がりのなかに彼女のシルエットが浮かび上がるさまが感動的だ。電気がついて牧子の顔が明らかになるが、切り返しとともに、彼女が一度姿を消してまた現れる。冨永昌敬の演出は緩むことがない。

末井を演じる柄本佑は称賛に値する。後に猥褻雑誌を次々と発行し不倫もするこの男を、愛くるしく魅力的に演じられる男優は少ない。だが、ここでは牧子を演じる前田敦子の素晴らしさにも注目したい。ツインテールで登場する彼女の表情や仕草が魅力的で、部屋に戻ってこたつで牛乳を飲む時の演技は特にいい。結婚後のある場面で、牧子は仕事のために三角巾で頭を覆っているが、部屋に戻って夫の前でそれを取り、ポニーテールの髪が露になる。女性が帽子を取る仕草は映画ではしばしば魅力的な一瞬を形成するが、ここでも前田敦子の演技が心に残る。

末井が後に愛人となる笛子を見初め、親しくなるくだりも面白い。笛子が上着を脱いでノースリーブ姿になるのを、末井が見つめる。この切り返しが肉体で繋がる二人の関係性を予告する。笛子が出版社を出て末井も後を追い、二人は喫茶店に入るが、店で会話をする時の笛子の表情が忘れ難い。牧子とは髪型も服装も異なる笛子に三浦透子が扮して、この女優も素晴らしい。二人は男女の仲になり湖畔に遊びに行くが、この場面も味わいがある。

三人の俳優の演技を褒めたが、当然それは監督の演出の的確さを前提としている。どこまでが演技でどこからが演出かは、たいしたことではない。演技とは自己演出であり、演出の主体は誰かという問題にすぎない。重要なのは、画面に映っているものは全て演出または演技であるということだ。

不倫関係に戻ると、この関係は不幸に終わるしかない。笛子は肉体関係以上のものを求めたが、末井はそれを無視した。彼女に恋愛遊戯のようにしか接しなかったことを、彼は本気で恥じる。そして笛子が悲惨な状況に陥って末井の前に最後に現れる時、男は女をホテルに連れて行く。これが彼に示せる精一杯の優しさなのだ。なんと残酷なことか。

現代社会では人は何らかの意味で売春せざるを得ない。末井は母の自殺という重い記憶を切り売りすることに最初は抵抗を感じたが、やがて受け入れる。そんな彼は不倫相手を愛そうとして、傷つけることしかできない。ある男が社会で疲弊し、その男がまた女を疲弊させる。「ホテルに行こうか」重い台詞だ。

今月は他に、『8年越しの花嫁』『わたしたちの家』『ビガイルド』『ルイの9番目の人生』などが面白かった。また未公開だが、ブリランテ・メンドーサの『サービス』も良かった。
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
伊藤 洋司 氏の関連記事
映画時評のその他の記事
映画時評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 映画関連記事
映画の関連記事をもっと見る >