九十歳。何がめでたい 書評|佐藤 愛子(小学館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2018年2月10日

佐藤 愛子著 『九十歳。何がめでたい』
大阪成蹊大学 覚野 新菜

九十歳。何がめでたい
著 者:佐藤 愛子
出版社:小学館
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ヤケクソとは、物事が自分の思いどおりに運ばなくて、どうにでもなれという気持ちになり、思慮のない乱暴な振る舞いをすること。大学生によくありがちなのは面接に落ち続けてヤケクソで全く興味のない業界の企業に応募してみたり、考えに考えた案が通らずヤケクソでいい加減な案をだしてみることだ。それに対して本書では大学生などの若い世代が当たり前に思っている、こなしていることに対しての著者の数々のヤケクソが詰まっている。

本書は二十八のエピソードに分かれており、著者の日常で起こったことや思い出、東日本大震災や異物混入事件などのその時話題になったニュースへの意見や思いが書かれている。東海道新幹線のぞみの東京新大阪間が以前より三分早くなったことに対して「三分早くなったのが何がめでたい。」と一蹴り。テレビやファクシミリ修理の出張費が高い、非人間的進歩だと文句を言う。そして何もかもが面倒くさい、手っ取り早いのは死んでしまうことだ、と時代の進歩に取り残されヤケクソになっているのである。若い世代にとっては移動時間が一分でも短ければ良い、電車が一分でも遅れようものなら早くしろ、時間の無駄だと怒る。電化製品の修理のための部品より何よりも、出張費が高いことは当たり前だ。個人店でもない限り会社の決まりに従うのが社員なのだからどうこう言っても仕方ないと思ってしまう。このように、著者の怒りの感情と、自分の怒りの感情に毎回ズレがあり、それがおもしろいのである。見ず知らずの少女を家に招き入れ、お金を盗まれたという話は大げさに書いているだけなのでは、と疑いたくなる程の強烈なエピソードだと思う。知らない人間を家に入れるなんて今の時代では考えられない上、相手が子供ならば自分が誘拐犯にされる可能性もあるだろう。

中でも衝撃だったことは「卒寿?ナニがめでてぇ!」という台詞。テレビ番組で長寿の特集などが放送されると決まって、シャキシャキと元気に歩き、もりもりと肉を食べ、何か生きがいを持ちながら生活する、という生き生きした長寿の方々が映る。長寿祝いで「長生きしてくださいね。」などの言葉をかけられる。その光景を見ると毎日楽しそうだ、長生きはしたい、と感じていた。しかし、身体のあちこちが痛くなり歩くスピードも落ち、耳も遠くなり後ろからやってきた自転車に気づかず怒鳴られ、テレビを見ていても「なんでこんな大音量にするの!」と怒鳴られる。そんな日々を過ごし、誕生日を迎えると「おめでとう」の言葉をあちこちからかけられる。その言葉に対しての著者の心の叫びが「卒寿?ナニがめでてぇ!」である。タイトルと同じ意味をしていることから著者の今一番言いたいことなのだろうと思う。
この記事の中でご紹介した本
九十歳。何がめでたい/小学館
九十歳。何がめでたい
著 者:佐藤 愛子
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
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