死の貌 書評|西 法太郎(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2018年2月10日

長年抱いてきた疑問に見事に応える脚で稼いだ諸事実

死の貌
著 者:西 法太郎
出版社:論創社
このエントリーをはてなブックマークに追加
死の貌(西 法太郎)論創社
死の貌
西 法太郎
論創社
  • オンライン書店で買う
この本は、私が長年抱いてきた三つの疑問に見事に応えてくれた。

第一の疑問は、なぜ川端康成は三島の自決現場に即座に駆けつけたのか?

自決は午後零時過ぎ、川端が到着したのが午後一時半、異様な迅速さといわざるをえない。愛弟子への愛情ゆえ?とんでもない。

昭和三十二、三年頃、三島は事情があって、川端の軽井沢所有地の売却を仲介することになった。川端はこれを呑んだが、後々、川端夫人の恨みを買うことになった。昭和三十六年、川端は『眠れる美女』を発表したが、この小説は三島の代作ではないかという疑惑が囁かれて久しい。また同じ頃、三島は川端から依頼されて、ノーベル賞に川端を推薦する旨の手紙をスウェーデン・アカデミーに送る。当時の川端は薬物中毒や病気で入退院をくりかえしていた。そして、三島は『宴のあと』のモデル訴訟を乗り切るために、川端の支援を切望していた。

昭和四十四年、三島は「楯の会」結成一周年記念パレードに川端の臨席を懇願したが、拒否された。「楯の会」隊員によると、三島は川端への激しい怒りを露わにしたという。昭和四十五年、三島は自決直前、川端に手紙を出すが、川端の遺族はそれを焼却した。女婿・香男里氏によれば、手紙は不揃いで誤字が多く、酔ったような文体で、川端は一読、「三島君がおかしくなった」とつぶやいたらしい。昭和四十七年、川端はガス自殺の数日前、三島の遺族に長文の手紙を出したが、三島の父・梓は皮肉たっぷりにそのことをエッセイに書く。ただし、内容については一切ノーコメント。ちなみに川端が自殺した日は、『裁判記録「三島由紀夫事件」』への序文原稿の締切日だった……。

ことほどさように三島と川端との関係は捩れていた。この文脈におくと、三島の自決現場に川端が駆けつけた、その異様な迅速さの裏に潜む心情が、はらりと覗く。

第二の疑問は、なぜ公安警察は「楯の会」をマークしながら放置したのか? 

公安が「楯の会」の動向を逐一追わなかったはずがない、とは以前から思っていたが、裏づけがなかった。しかし、西は三島の友人で警視庁人事課長(三島事件当時)だった佐々淳行に執拗な取材をくりかえして、「警察は三島が何かやるだろうということはつかんでいた」という証言を引き出した。早い話、警察にとって三島と「楯の会」は厄介な存在だった。だから、警察は決起を承知しながら放置し、厄介者をともども自己始末させた、というシナリオが浮上する。

右翼担当の公安三課長(事件当時)は、三島事件を未然に防げなかったのは手抜かりであり、大いに反省している、というコメントを新聞に発表した。が、当の課長はその後も順調に出世していくのである。警察人事ではありえないことだ。つまり、「反省」は偽装だった疑いが濃い。

西はこんな事実も発掘した。事件当日、一一〇番通報した自衛官は現場近くにいた佐官級で、通報は指揮系統を無視したものだった。防衛庁長官の中曽根康弘は「警察を使ったということはそのように指示したのであります」と証言したが、事実と矛盾する。いやはや、事件は警察と自衛隊、両者の確執や反目さえ浮き彫りにしてしまうのだ。

さて、最後の疑問。自決した三島の真意は、どこにあったのか? 

西は佐々への執拗な取材から、非公表の三島の遺言内容を明らかにした。そこには、富士山の見える場所に自分の墓と自分の裸体像を立ててほしい、という一項が含まれていた。墓地も裸体像もすでに用意されている。墓地は多摩墓地の家族墓とは別のもの。西はそのありかを追跡して、ついに……。三島の真意が「檄文」の政治的メッセージにすっぽり納まるものであったなら、このような手の込んだ仕掛けは必要なかっただろう。 

日本は三島事件後初めて、天皇を元首と規定し、自衛隊を国軍として認知しようと訴える首相を持った。しかしながら、今、もし三島が生きていたなら、安倍総理に万感の同意を表明するだろうか?

西が人知れず脚で稼いだ諸事実は、待て、見かけに騙されるな、と私たちに教えてくれている。
この記事の中でご紹介した本
死の貌/論創社
死の貌
著 者:西 法太郎
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
三輪 太郎 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究 > 作家研究関連記事
作家研究の関連記事をもっと見る >