大佛次郎 一代初心 書評|福島 行一(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月10日

生涯と作品が織りなす実像にせまる 
大佛次郎研究には欠かすことのできない評伝

大佛次郎 一代初心
著 者:福島 行一
出版社:ミネルヴァ書房
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大佛次郎(1897―1973)の生涯と作品が織りなす実像にせまった評伝。題名に付された「一代初心」は、大佛次郎が最晩年に自らの人生を振り返って揮毫した言葉である。作者・福島行一は「自ら望んで歩み出した大衆小説家の道、自分一代の作業を精神の革新に捧げ、初心を忘れず、清廉潔白に生きた生涯を象徴した言葉であろう」と評しており、評伝の指針としたことがうかがえる。

全8章の構成で、幼少時から小学校、一中、一高、東大法学部、学生結婚、鎌倉高学校教師、外務省条約局嘱託勤務を経て、作家としての地歩を確立していくさまと作品評価が論じられていく。密度が濃く、読了の充実感にはずっしりとしたものがある。

第1章は「大佛次郎が父の閲歴を類似の形で、ドラマティックに受けついだ」として、和歌山県道成寺の地で明治維新の動乱期に生まれ育った父・野尻政助のじりまさすけの痕跡を辿ることから始めている。政助の向学心と好奇心の強さを指摘し、その性向が大佛次郎にも流れていることを解き明していく。「文芸倶楽部」に狂歌を投稿していた政助の文芸趣味を取り上げ、「野尻家に伝わった文芸趣味の遺伝」について考察している点も興味深い。

大佛次郎には12歳上の兄・正英まさふさがいた。後に野尻抱影の筆名で〈星の文学者〉として活躍した長兄で、幼年時代から本好きだった大佛次郎は兄たちの文学的雰囲気に包まれた小学生時代を過ごした。明治41年、小学5年生の時、愛読誌「少年世界」の投稿呼びかけに応じた作文「二つの種子(野尻清彦)」が少年図書館発行の『少年傑作集』に収録された。220字の短文なのだが、「活字上で今に残る最初の記念文」「大佛次郎の処女作」としてその全文が引用されている。

第4章から作家としての活躍の模様が展開されていく。大正13年3月に博文館発行の娯楽雑誌「ポケット」に発表した「はやぶさの源次」で初めて大佛次郎の筆名を使い、5月に「怪傑鞍馬天狗 第一話 鬼面の老女」を発表。昭和40年の「新鞍馬天狗 地獄太平記」まで長短47作品にのぼる人気シリーズとなった。

大正15年の「照る日くもる日」、昭和2年の「赤穂浪士」の連載に始まり、その生涯で書き上げた61編の新聞小説を通して、大佛次郎の新聞小説論が紹介されている。

第6章では、戦時中の南方視察の体験と感慨、敗戦後の東久彌宮内閣の参与に就任した折の具体的な活動、“成人の文学”を標榜した新雑誌「苦楽」の創刊のことなどが展開されていく。第7章では、「歸郷」と「パリ燃ゆ」を取り上げている。

そして最終章では、近代日本人の精神の原点を求めた畢生の大作「天皇の世紀」についての考察がなされていく。第1章で触れた父親の痕跡がからまってくる。維新史を描いた徳富蘇峰と海音寺潮五郎との比較から「天皇の世紀」の歴史記述の特徴をとらえるなど、この大作の今日的意義を強調している。作者がもっとも力説したい箇所でもある。

昭和48年4月14日に「天皇の世紀」の最後の原稿を書き終えた大佛次郎は、4月30日に国立がんセンターで75歳6か月で逝去した。

この作者には1995年4月刊行の『大佛次郎』上下巻(草思社)がある。本書ではこれ以降の新資料も渉猟されている。昭和42年の春から「天皇の世紀」に魅了されて大佛次郎研究を始めた作者だけに、論調には熱いものがある。前著『大佛次郎』とともに大佛次郎研究には欠かすことのできない評伝作である。
この記事の中でご紹介した本
大佛次郎 一代初心/ミネルヴァ書房
大佛次郎 一代初心
著 者:福島 行一
出版社:ミネルヴァ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
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