ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば 斎藤茂吉『赤光』(1913)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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現代短歌むしめがね
2016年9月23日

ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば 斎藤茂吉『赤光』(1913)

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日本文学史をひもとけば斎藤茂吉は近代短歌の巨人とどこにでも書いてあるけれど、教科書に載っている代表作が「死にたまふ母」という母恋ものだったりで、なんだか道徳的でつまらない歌人だなあという印象を持っている人は多いと思う。しかし後世の茂吉像は国語教育によって歪められたところが大きい(「死にたまふ母」も深掘りして読めばただの母恋ものじゃないしね)。実際のところ第一歌集『赤光』を読めば、精神科医として「狂人」(現代なら差別的表現だろうが茂吉はあくまでこう呼ぶ)と日々接触していた経験を活かして、短歌に「狂」という風景を持ち込んだことがエポックなのである。『赤光』はそのタイトルを裏切らない、真っ赤な血の色に満ちた狂気的世界を描いた歌集なのだ。

掲出歌は「麦奴」という連作のうちの一首だが、これは殺人未遂事件を起こした被告の精神鑑定のために監獄を訪れた経験をもとにした連作だ。囚人の狂気を「赤」に象徴して、どろんとした幻覚のような世界観で描写する。精神科医だからこそ詠めた、「ノワール短歌」の走りである。なおこの連作の初出は茂吉のホームである「アララギ」ではなく、土岐善麿編集の「生活と芸術」。石川啄木の意志を継いで創刊された雑誌だけに、「麦奴」は茂吉なりの啄木トリビュートなのかもしれない。

夢野久作の『猟奇歌』は啄木からの影響をまず言及されるが、茂吉の『赤光』からの影響も実は少なくないと思う。
2016年9月23日 新聞掲載(第3157号)
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