追悼 アーシュラ・K・ル=グウィン いつでも、前向き|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月2日

追悼 アーシュラ・K・ル=グウィン いつでも、前向き

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ル=グウィン(1989年世界ファンタジー大会のパーティーで) 筆者提供
アーシュラ・K・ル=グウィンの訃報は、覚悟していたとはいえ、やはり寂しい。1929年生まれだから、享年88。

初めてこの偉大な作家にお目にかかったのは1989年。あれはファンにとって衝撃的な年だった。毎年ハロウィンに合わせて開催される世界ファンタジー大会に彼女が現れるらしい、という話を聞きつけたわたしと夫は、憧れの大作家に引き寄せられるようにシアトルへと出かけた。長年敬愛しそして作品を舐めるように読んでいるその作家が、まさに今目の前に立っているという、奇跡のような衝撃もつかの間、その大会では、1972年に三部作で完結したはずの〈ゲド戦記〉の続編が朗読された。第四巻『帰還』(1990年)である。唖然とした。一体全体何が起きたんだろう? 

〈ゲド戦記〉はファンタジーの古典にまで数え上げられるようになった名作だ。多島海であるアースシーを舞台に魔法使いゲドの冒険を描いた異世界ファンタジー。第二巻で魅力的な姿を現しながら、その後消えてしまった女性テナーが重要な役どころになって再登場する。

『帰還』を皮切りに、アーシュラは過去の名作の補完を試み始めた。それは、まるで自作を再解釈しているかのようだった。一旦完成させたものをさらにロジカルに再構築していく、魔法のような手つき。黒人男性使節が両性具有人の惑星を訪ね通商を開く『闇の左手』(1969年)にも、その別バージョンとも言える『赦しに至る四つの法』(1995年)や、外伝「愛がケメルを迎えしとき」(1995年)が添えられた。時として過激なくらいフェミニスト的に徹底した視点が導入され、困惑するファンや批評家からは賛否両論が相次ぐ。

アーシュラは駄作のない、奇跡のような作家だが、そんな彼女でも、時代の急激な変化のなかで、作品の盲点があぶり出されることがあった。特に、フェミニズム理論やポストコロニアル理論の急激な進歩は、性差や文化人類学的主題を得意とする彼女にとって、作品自体の解釈を揺るがすほど凄まじかった。

名門に生を享け、高い教養に恵まれ、文学的才能をほしいままにし、決して衰えることを知らない、至上の作家。たとえ取るに足りないとされるジャンルSFやファンタジーに基盤があっても、たとえ「女性」作家であっても、その才能は、批評家らの注目を浴び続けた。しかし、彼女は傲慢になることなく、実にフランクで、様々な人と意見を交わすのが好きな交際家であり、そこに強みがあった。

あれは、1996年。ウィスコンシン州のマディソンで開催されたフェミニズムSF大会ウィスコン20の時のこと。世界中から集まったフェミニストで溢れかえっているさなか、普段だったらおじさんたちがたむろするホテルのバーのど真ん中の椅子に優雅に陣取り、年下の作家やファンに囲まれておしゃべりを楽しむアーシュラの姿があった。

その年、大会自体が運営するジェイムズ・ティプトリー・ジュニア文学賞の懐古部門を『闇の左手』が受賞した。女性解放運動華やかなりし頃に書かれた同作は出版当時から論争喧しく、あまりに集中砲火がすごかったためか、その辺の微妙なところを、彼女は「ジェンダーは必然か?」(1976年)というエッセイで説明している。が、このエッセイ自体、ジェンダー論の進化とともに数度書き直され、最終版が『世界の果てでダンス』(1991年)に収録される際には、それまでに書き直した部分のみならず、元の文章も同時に並列されるという、かなりアヴァンギャルドな演出が施された。

最初は考察が足りなくとも、後で正せばいいし、いくらでも書き直せばいい、でも、過去は改竄せず、改変のプロセスは思考をたどる意味でも見えた方がいいというのだ。間違いは隠蔽し、恥は掻き捨てたい、などと失敗を常に恐れ後始末もつけずにビクビクしている小物とはまったく違う、その打たれ強さと度胸には感心するばかりであった。だからこそ、たとえどんなに残酷な話題を扱っても常に前向きで、いまでもアーシュラの紡ぎ出した言葉の一つ一つに心が温められるような感じがするのである。
2018年3月2日 新聞掲載(第3229号)
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