ビガイルド 欲望のめざめ 書評|トーマス・カリナン(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年3月3日

欺かれ、楽しませてもらったのは果たして誰なのか

ビガイルド 欲望のめざめ
著 者:トーマス・カリナン
出版社:作品社
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南北戦争末期のアメリカ、ヴァージニア州。深い森の奥にあるミス・マーサ・ファーンズワース女学園は南部の裕福な家の娘たちを預かる寄宿学校だが、戦争が始まると共に生徒の多くは去り、今は五人の学生と黒人の女召使い、そして、園長と教師を務める姉妹がひっそりと暮らしている。五月のある日、生徒の一人がキノコを採りに森に入り、足に銃弾を受けて血だらけで倒れている北軍の兵士を発見し、その兵士の体を支え、学園に連れ帰る。園長はキリスト教の精神に則って敵方の兵士を迎え入れ、足を手術し、食事を与え、生徒たちはそれぞれのやり方で手厚く看護する。兵士は順調に回復して学園内の力仕事を任されるようになり、すべてがうまく運ぶかのように思われたのだが……。

人たらしという言葉があるが、ジョン・マクバーニー伍長はまさに人たらしと言える人物だろう。仕事を求めてアイルランドから渡米し、北軍に志願入隊した二十歳のジョンに、この戦争への思い入れはない。できれば軍隊に戻らず、終戦まで学園に隠れていたいと考えるのは無理からぬことだ。彼は周囲の人々を注意深く観察し、交わされる会話から情報を得て、相手が最も喜ぶ言葉を口にする。ただしその人間観察の鋭さは諸刃の剣であり、逆に働けば相手を容赦なく傷つけることにもなる。

世間から隔たった女ばかりの小さな学園に若い男が飛び込んできたとなれば、華やかな興奮がわき起こるのは当然だ。正義感に満ちた小柄なアメリア(十三歳)は、あなたを必ず助けてあげると宣言する。学園一の金持ちで自信家のエドウィナ(十七歳)は、早々にスープを持ってジョンの枕元を訪れる。反抗心旺盛でおませなマリー(十歳)は、同じカトリック教徒として親近感を覚え、あれこれ世話を焼く。学園のはみ出し者でブロンドの美少女アリシア(十五歳)は、彼が自分を学園から連れ出してくれるに違いないと期待をかける。自他共に認めるしっかり者のエミリー(十六歳)もまた、ジョンの話術に翻弄されずにはいられない。大人たちだって同様だ。ファーンズワース学園の長としてすべてを厳格に取り仕切る姉のマーサと、教師として優しく生徒に接するが弱さもある妹のハリエットは、敵兵をかくまうことのリスクを負いながら看護に尽力する。最も冷静なのは昔から屋敷に使える奴隷の召使い、マチルダだが、あれこれ頼ってくるジョンを憎からず思っていることは間違いない。

物語には、戦争が色濃く影を落とす。それぞれ秘密を抱える学園の女たちには、戦争によって失われたか、もしくは会えずにいる近しい男性がいる。彼女たちはそうした異性の面影をジョン・マクバーニー伍長に投影し、その面倒を見ることで、心の空虚さを埋めようとしたのかもしれない。

本書の『ビガイルド』(原題:The Beguiled)というタイトルには、欺かれた者、そして、楽しませてもらった者という二つの意味が込められている。では、欺かれ、楽しませてもらったのは果たして誰なのか。一話毎に語り手が交代する連続ドラマを見ているような気分で読み進めていくと、やがて「あっ」と声を上げる瞬間がやってくる。この見事なラストをじっくり楽しんだら、ぜひ、もう一度最初から読み返して欲しい。各自が語る言葉の中にどんな嘘や欺瞞が隠されているのか、真実はどうだったのか。初読ではわからなかった様々な発見があり、より一層の面白さを味わうことができるだろう。(青柳伸子訳)
この記事の中でご紹介した本
ビガイルド 欲望のめざめ/作品社
ビガイルド 欲望のめざめ
著 者:トーマス・カリナン
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月2日 新聞掲載(第3229号)
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