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2018年3月13日

「京大の学内管理強化を考える」 シンポとわれわれの主張

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2月13日、京都大学文学部で「立て看・吉田寮問題から京大の学内管理強化を考える」シンポジウムが開催された。昨年12月19日に京大当局が公表した「吉田寮生の安全確保についての基本方針」と「京都大学立看板規程」を承けて、危機感を抱く京大内外の有志が結成した「準備会」および吉田寮自治会が共催する集会である。賛同団体には、京都大学新聞社・文学部学友会・理学部自治会・農学部自治会・西部講堂連絡協議会・劇団愉快犯・京都大学エスペラント語研究会・自由と平和のための京大有志の会・人民新聞社といった学内外諸団体が名を連ねた。当日の会場は、学生・教職員・卒業生・近隣住民など四五〇人近い参加者を集め、立ち見が出る大盛況で、吉田寮生、タテカン掲示当事者、学内外の教員の発言が相次いだ。すでにいくつかの報道もなされているが、以下では準備会の一員であり吉田寮生でもある私の立場から、シンポの報告とわれわれの主張を記したい。

吉田寮に対して京大当局が示した「基本方針」は、現在の吉田寮東寮(築百年超)が老朽化のため居住には危険だとして、安全上の見地から現寮生の今年9月末日までの退去と1月以降の新規入寮禁止を命じている。また、この「基本方針」は、老朽化対策の遅れを吉田寮自治会が問題解決に消極的であったことに帰している。

しかし実際には、寮自治会は問題の早期解決を目指し、二〇〇〇年代以降は東寮の大規模補修を求めて当局との話し合いを続けてきたのである。05年には耐震調査と補修のための設計まで至ったが、予算上の都合から補修は実現しなかった。11~12年にはあらためて補修について合意がなされたが進展はなく、寮自治会は14年以降「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」の適用も視野に、当局に対して東寮補修を求めてきた。その話し合いが進まないまま、15年7月以降、当局は吉田寮に対して新規入寮募集停止要請を繰り返すようになった。吉田寮はこれに抗議し、その後も入寮募集を継続してきた。

従来、寮自治会と当局の間では、寮に関する事項は公開の話し合いを経て決定する、寮自治会は入寮選考権をもつ、等の確約が結ばれてきた。この確約に基づいて、老朽化対策を含め、吉田寮に関する交渉は学生担当副学長(理事)出席のもと公開の場でなされてきた。だが、15年10月に就任した現・川添信介副学長の下で、吉田寮自治会が求める関係当事者すべてが参加できる話し合い(大衆団交)の場は、当局によって一切拒否されているのである。

さらに「基本方針」では、15年に竣工の西寮からも寮生の退去が求められている。当局が現寮生のために斡旋する代替宿舎への入居資格も、科目等履修生・聴講生・研究生のようないわゆる「非正規学生」には与えられず、留年・休学により修業年限を過ぎた学生にも原則として認められない。従来、寮と当局で折半されていた光熱水費についても、代替宿舎では全額個人負担とされるなど、寮生の経済的負担の増加も盛り込まれている。「基本方針」が当局の言うような寮生の安全確保のためとは到底考えられないのは、そのせいである。

従来の確約を無視し、交渉を拒否し、老朽化対策を怠ってきた末の京大当局による一方的な吉田寮への退寮通告は、居住当事者の主体性の軽視そのものであり、福利厚生施設としての機能喪失にもつながる以上、到底受け容れられない――これが吉田寮自治会の立場であり、今回のシンポジウムを準備したわれわれの主張である。なお、吉田寮自治会は、当局の姿勢に抗議し、寮を経済的その他の事情で切実に必要としている学生の存在も鑑み、今年も入寮募集を行うことを公式に発表している。

一方、上記「基本方針」と同日に公表された「立看板規程」は、従来キャンパスの構内・外構に自由に設置されてきたタテカンに関して、設置者・サイズなどを制限し、設置場所を指定箇所に限定するものだ。外構のタテカンについては、景観・安全上の観点から京都市の行政指導を受けたことが一律禁止の理由とされているが、京大が学内外の関係者とともに事態の解決を図った形跡はない。なにより当局は、これまでタテカンによって活動を告知し、さまざまな主張を行ってきた個人・団体との話し合いの場を持つことも、意志決定に至る議論の内容を公開することもしていない。この「立看板規定」も、吉田寮に対する一方的な決定と同様、当事者である個人・団体との話し合いを無視した当局による強権行使と言わざるをえないのである。

以上のような京大当局による学内の個人・団体との対話拒否の姿勢は、大学を閉ざされた場とし、学内での個人・団体の活動を抑圧するものにほかならない。一連の学内管理強化の背景としては、近年の京大を取り巻く環境の変化も見逃せない。とりわけ、国立大学の独立行政法人化以降の大学の経営重視や「イノベーション=新商品開発」を目指す産官学連携推進のもとでの学内統制の強化である。この体制のもとで、学生には資本に有益な「グローバル人材」となることばかりが求められる。またそこで「教育サービス」の顧客とみなされた学生は、多額の学費の納入を課せられる一方、大学の運営にかかわる当事者としては断固排除されているのだ。

「立て看・吉田寮問題を通して京大の学内管理強化を考える」シンポジウムの主眼は、これまで一方的に管理強化の対象とされてきた当事者の主張をできるだけ多くの聴衆の前で披露することにあった。当日登壇した吉田寮生たちはまず、吉田寮問題の概要・「基本方針」のはらむ諸問題・老朽化対策についての寮自治会と当局の交渉経緯を説明したあと、自治寮である吉田寮がもつ入寮選考権の意義を、差別・選別問題に対する取り組みの一環として語った。劇団の一員でもある第三の発言者は、寮生にかぎらず多くの個人・団体が文化スペースとして利用してきた吉田寮食堂という場の大切さを強調した。一方、タテカン規制については、司会を務めた学生から問題点の解説がなされたあと、西部講堂の運営にかかわる学生が登壇し、タテカン映像を紹介しながら、学生の課外活動とタテカンのかかわり、重要性が語られた。一連の学生当事者のアピールはいずれも好評で、会場からは熱烈な拍手が湧き上がった。

続いて、駒込武氏(京大教育)と鵜飼哲氏(一橋大)の二人の学内外の教員による発言があった。そのうち駒込氏は、現在の学内管理強化を、経営重視と意思決定のトップダウン化・産学・軍学協同の強化、教職員の労働強化など、独法化後の京大の「ブラック企業化」の一環とみなすべき、と訴えた。一方、鵜飼氏は自身の京大生時代の思い出も交えつつ、大学キャンパスのみならず、都市の風景として、タテカンのような自由な表現活動、意思表明の手段があってしかるべきではないのか、と問うた。

一連の登壇者の発言のあと、参加者を交えた質疑応答でも、学生や近隣住民からの発言が相次いだが、ある学生は、今後も沢山の人がタテカンを出しつづけることが、当局の一方的規制に対するもっとも重要な対抗手段なのではないか、と発言した。最近、時計台前に大タテカンを出す活動を理由に、京大当局から処分を受けた学生からの発言だっただけに、とりわけ印象的な発言だった。締めくくりにあたっては、準備のために奔走した吉田寮生が、多くの参加者を得たことへの感謝と、今後ともこの集会を介してできた関係を生かして学内管理強化に対する取り組みを進めていきたいと抱負を述べ、穏やかではあるが熱っぽい高揚のなかでシンポジウムは終わった。

われわれが対峙している京大の学内管理強化問題は、現在の大学一般、ひいては日本社会一般の問題として捉えうる問題である。またそのように捉えることでこそ、今後とも幅広く学内外の支持を集めることができるはずだと、私は一吉田寮生として強く感じている。短期間の準備にもかかわらず、このシンポジウムは多くの人々の支持を得て成功裏に終わったが、タテカン問題にせよ、吉田寮問題にせよ、京大当局はこれまでの問答無用の強硬姿勢をまったく崩していない。当面、現在継続中のシンポジウム準備会の「緊急アピール」に一人でも多くの読者から署名をいただき、京大当局に対する抗議の声を挙げるようお願いしたい。

◎シンポ公式HP(署名サイト)「おもしろくも変人でもない京大」https://sites.google.com/view/tatekan-yoshidaryo/home
2018年3月9日 新聞掲載(第3230号)
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