芥川賞について話をしよう 第13弾 小谷野敦・小澤英実|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月9日

芥川賞について話をしよう 第13弾
小谷野敦・小澤英実

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第158回芥川賞は、石井遊佳「百年泥」と若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」に決定した。その他の候補作は以下の三作。木村紅美「雪子さんの足音」、前田司郎「愛が挟み撃ち」、宮内悠介「ディレイ・エフェクト」。小谷野敦氏と小澤英実氏による恒例の「芥川賞について話をしよう」第13弾をお送りする。 (編集部)
第1回
自己啓発小説

百年泥(石井 遊佳)新潮社
百年泥
石井 遊佳
新潮社
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小谷野 
 今回は、「百年泥」が私の一押しだったんですが、世間では「おらおらでひとりいぐも」の方が、評判がいいようでしたね。『文藝春秋』の読者は高齢男性中心なので、オヤジ好みで選んだ感じはしました。これでは高齢男性受けしない私の作が、過去二度受賞しなかったのは当然だと思った。残りの三作は「帯に短し、襷に長し」の作品が揃ってしまった。毎回言うように、他に候補とすべきものがなかったのか。石井と若竹は、新人賞受賞作がそのまま受賞した。しかも文藝賞受賞作がそのまま芥川賞を受賞するのは初めてのことで、いわゆるウェイティング・リストに載っているような人たちは、今後はもう受賞できなくなる気がしますね。そうなると、いよいよ授賞する作品がなくなっていく。この際、模様替えして、年二回のうち一回は、従来通りのまま新人から選ぶ。もう一回は「芥川文学大賞」のようにして、あげ損ねた人たちに授賞すればいい。村上春樹とか吉本ばななとか、他にも佐川光晴、星野智幸、高橋源一郎、佐伯一麦、当面は受賞者に事欠かない(笑)。
小澤 
 前回の「影裏」も文學界新人賞受賞作でしたが、デビュー作だけがもつ輝きというのがありますからね。私は今回は珍しく納得の結果でした。前評判では「おらおらで」が最有力のようでしたが、これは獲ってしかるべき作品だと思いました。「百年泥」は同時受賞になるほどではないと思っていたので意外でしたが、作家としての力量はある方です。それよりも小谷野さんがおっしゃるように、今回も候補作の選定に大いに疑問がありますね。なぜ宮内悠介の短篇が入っていて、たとえば鴻池留衣の「ナイス・エイジ」とか、坂口恭平の「家の中で迷子」なんかが漏れたのかが解せない。水原凉も精力的に書いているのにまだ候補になったことがない。
小谷野 
 「おらおらで」については、私は小澤さんほど評価していない。面白いとはまったく思えなかったけれど、芥川賞受賞前から、随分売れていますね。アマゾンレビューを見ると、ああ、高齢者向け自己啓発書の小説化なんだなと思いました。「私も歳をとるのがこわくなくなりました」とか、なるほどそういう受け方をしているのかと思いました。石原千秋も文芸時評で絶賛していて、あの人は自己啓発的な小説が好きみたいですね。「さようなら、オレンジ」の時も褒めていたし、元々漱石が好きだから、そういう評価になってしまうのでしょう。
小澤 
 私もまさに自己啓発的な要素がこの作品のミソだと思いました。女の老いに対する応援歌みたいな感じで、私も読んで元気がでましたよ。
小谷野 
 小説が自己啓発でいいとは思いません。前半は退屈だし、後半は、死んだ夫のノロケ話になっている。最初に言ったけれど、『文藝春秋』を読むような高齢男性にとっては、ウハウハの「オヤジ慰撫小説」じゃないかと思いました。それで選ばれた気がします。
小澤 
 啓発性と言葉のよさが同居しているところがいいと思うんです。ただ今回の五作のうち、中年以降の女性に焦点を当てたものが、受賞作二作と木村紅美「雪子さんの足音」の三作ありましたが、「おらおら」の主人公・桃子は、子どもがふたりいて、娘に借金を頼まれるぐらい蓄えもあって、今のところ健康体です。「おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも」と一人の老後を好きに生きていこうと前向きでいられるのは、こういう恵まれた環境が前提にある。一方「雪子さんの足音」の雪子さんはお金持ちですが孤独な老人で、死んだときすぐに見つけてもらおうと思って下宿人の世話を焼くのに、結局は孤独死して発見も遅れる。対照的な老後だと思います。
小谷野 
 桃子は七四歳で、若竹本人は六三歳ですよね。老人小説を書く作家って、今の自分よりも年上に設定するケースが多いんですよ。川端は大体そうだし、筒井康隆の『敵』も自分より随分上の年齢にしてある。若く設定したのは、谷崎の『鍵』ぐらいでしょう。自分がその年齢になるまでには、まだまだ余裕がある段階で書いてみせる。
小澤 
 新人賞の応募作には「おらおらで」タイプの、内的独白をモノローグで延々と語っていく形式のものがかなりある。だいたい思弁的でインテリで読みづらいんですが、若竹さんの場合、さまざまな趣向を凝らせて最後まで飽きさせずに面白く読ませる。この点はすばらしい。あとはやはり「おら」という東北弁の一人称のインパクトですよね。男も女も「おら」で、ジェンダーに縛られない。いま書かれた小説として新しく感じました。
小谷野 
 私は、読みはじめてすぐに飽きたな。方言がわかりにくいと言っている人もいたけれど、私は北関東の人間だからなのか、読むのには別段難儀しなかった。でも退屈です。桃子の人生も平坦だし、夫は「いいおどごだった」「周造のためにためにで三十と一年。満足であった。最高でござんした」とか、なんなんだこいつはと思いましたね。芸能人が歳をとって書いた手記みたいな感じなんですよ。
小澤 
 まあ東北弁でなく、標準語で語られていたら、まったくつまらない小説だとは思いました。例えば「おらはおめを信頼する。おらの生きるはおらの裁量に任せられているのだな。おらはおらの人生を引き受ける。そして大元でおめに委ねる」というところがあるんですが、標準語にしたら「私はあなたを信頼する。私が生きるのは私の裁量に任せられているのだ。私は私の人生を引き受ける。そして大元であなたに委ねる」。ちょっと聞いていられないです。
小谷野 
 私には、岩手弁の語りが面白いとは思えなかったし、単なるつまらない小説としてか読めなかった。言葉が違うことによって面白くなるという考え方がよくわからない。
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この記事の中でご紹介した本
百年泥/新潮社
百年泥
著 者:石井 遊佳
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
おらおらでひとりいぐも/河出書房新
おらおらでひとりいぐも
著 者:若竹 千佐子
出版社:河出書房新
以下のオンライン書店でご購入できます
ディレイ・エフェクト/文藝春秋
ディレイ・エフェクト
著 者:宮内 悠介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
雪子さんの足音/講談社
雪子さんの足音
著 者:木村 紅美
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
愛が挟み撃ち/文藝春秋
愛が挟み撃ち
著 者:前田 司郎
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月9日 新聞掲載(第3230号)
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