対談=先崎彰容×片山杜秀 明治維新150年「西郷隆盛」という処方箋 『未完の西郷隆盛』(新潮社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月9日

対談=先崎彰容×片山杜秀
明治維新150年「西郷隆盛」という処方箋
『未完の西郷隆盛』(新潮社)刊行を機に

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年末からぞくぞくと「西郷隆盛」を題材にした歴史小説や研究書が書店に並んでいる。今年一年は明治維新から一五〇年の、中でも西郷YEARになりそうだ。パンダのシャンシャンで賑わう上野に、シンボルとして立つ西郷さんはよく知られている。けれど私たちは、西郷隆盛の一体何を知っているだろう? 

『未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか』(新潮選書)刊行を機に、著者で日本思想史家の先崎彰容氏と、思想史家の片山杜秀氏に対談をお願いした。明治初期に生きた西郷を端緒に、思想家たちの目を借りて、近代の出口である「今」に至るまでを語っていただく、示唆に富む対談となった。  (編集部)
第1回
■明治維新一五〇年 なぜ今、西郷隆盛か

片山 杜秀氏
片山 
 今年はNHKの大河ドラマも「西郷どん!」で、維新関連、西郷関連の本が数々出版されています。明治維新から一五〇年というタイミングが何かと意識されますね。しかしそれは外側の話として、『未完の西郷隆盛』のあとがきには、先崎さんが思想史研究を志すきっかけが、そもそも西南戦争であり、西郷隆盛であったとありました。
先崎 
 明治維新一五〇年を、人物を通して考えるとすれば、例えば坂本龍馬ならもっと躍動感が生まれただろうし、大久保利通なら堅実に描けるでしょう。でも今回、西郷隆盛に関する夥しい書籍が出たのは、恐らく西郷が征韓論であれ西南戦争であれ、敗者の側であり、「暗い」からかも知れません。

二〇一八年の日本は、かつて司馬遼太郎が「坂の上の雲」を書き、大いに受け入れられたのとは違う社会的雰囲気ですよね。経済だけではなく、政治への期待感の喪失を含めて日本全体に閉塞感がある。つまり、「暗い」。なぜこうなったのか。少なく見積もって戦後、巨視的に観れば日本の「近代」全体をいま一度問い直したい、これが『未完の西郷隆盛』執筆の強い動機です。

日本の近代化とは何か、ということを考えるとき、西郷は懐が深いと思うんです。徴兵制で士族の特権をはく奪した例でも分かるように、西郷自身が日本に様々な先進的制度を導入し、近代化を進めていった。一方で、近代化に違和感を表明した、西郷は岡倉天心とともに最初期の人物です。つまり西郷は、近代日本を作った人物であると同時に、それに対して懐疑した、とても謎めいた人物なのです。
片山 
 といっても西郷隆盛には思想家として、系統だった著作があるわけではない。そこで彼の片言隻語や時々の行動が、『論語』の短すぎるフレーズが後世の人たちに解釈の無限変奏を生み出したように、様々な西郷像がつくり出される。先崎さんは見事な西郷変奏曲を今回書かれましたね。
先崎 
 西郷には系統だった著作がないどころか、主著『南洲翁遺訓』すら、実は庄内藩の人による聞き書きです。それが福澤諭吉から江藤淳に至るまで、西郷を自由に論じ、自らの思想を仮託することを許して来ました。何より驚いたのは、彼らの言葉を精読し、腑分けしてみると、現代の私たちの行動パターンがほとんど出揃っていることでした。つまり「西郷隆盛」は、私たちの思考態度のソースなんです。
片山 
 いきなり福澤諭吉の西郷観から入るのには意表を突かれました。しかも要点は近代社会の通弊である誇大宣伝や虚偽報道への危惧でしょう。この福澤と西郷の共通認識が導入になることで、本書はとても現代的な印象を与えますね。
その後に西郷論の王道が出てきますが、そこから浮かび上がるのは、やはり西洋近代への懐疑や異議申し立ての系譜学となりましょうか。それでいきなりなのですが、このタイミングで西郷を取り上げて、先崎さんがいま、日本近代に何を思うかを伺いたいですね。
先崎 
 私はこれまでの著作もそうでしたし、今回の西郷論でも同じですが、一つの立場に立たないようにしています。例えば、第四章で取り扱った政治思想史家の橋川文三や小説家の島尾敏雄によれば、西郷は明治新政府がつくりつつある天皇親政の国家体制を相対化する人物だった。西郷は三〇代の壮年期に流罪となり、離島生活を余儀なくされます。その西郷に本土中心の歴史観をひっくり返す可能性を観ようとした。これは明確な「反近代」です。

一方で、福澤諭吉は驚くべきことに、西南戦争で西郷軍が敗北した原因を、当時、世界を席巻していた情報通信を駆使できなかったからだと観ていた。官軍は電信を用いて速やかに情報を把握していたからです。これは西郷を論じつつ「近代」について考えていると言えるでしょう。さらに第五章で論じた江藤淳も、西郷に「近代」とは何かを読み取ろうとしていました。江藤は文藝評論家としてデビューして以来、一貫して西郷を低く評価し、勝海舟を持ち上げていた。江藤にとって近代国家を作り上げることは、常にアメリカなどの列強と対峙しつつ、いかに自己主張を貫徹するかという問題です。

私たちは比較的容易に「国家権力」という言葉を使い、何やら国家は巨大なもの、絶大な壁のようなものと前提しがちです。しかし江藤は逆の考えを持っていて、アメリカという自らの価値観の普遍性を疑わず、強制してくる存在に対し、何とか対峙するシンドイ国家、それが日本であると。国づくりは平和を維持して当たり前。壊せば批判され責任を問われる。これが政治家の仕事です。だから政治家は夢を語ったり、理想に溺れるのではなく、むしろ地味で地道であるべきだ、それが勝海舟だと言っていたのです。西郷はあまりに詩人的でダメだと。

その江藤が突如、晩年に評価を逆転させ『南洲残影』を書いた。それはなぜか。安易に近代批判をせずに、そもそも「近代」とは何なのか――西郷について考えると、私だけでなく、多くの思想家が、こうした問いに導かれていくんです。 
片山 
 結果、この本は、一章から四章までと、江藤淳を扱う五章では少しトーンが違っていますね。
先崎 
 そうですね。第二章から四章は、「反近代」的な思想が読みとれる内容だと思います。二章の中江兆民の場合、西郷とルソーが似たような問題と格闘していることを論じました。具体的には、経済の自由放任主義を批判し、儒教的な道徳の復活を処方箋として提案しました。中江兆民が西郷を高く評価し、儒教への親近性を語っていることだけでも、十分に「意外性」があるのかも知れません。

また三章では、右翼の巨頭・頭山満と西郷の関係を考えました。西郷を敬慕しつづけたこの右翼人の周辺から、次々にテロリストが生まれたのはなぜか。西郷の思想のなかに、実はテロリストを生んでしまう危険な香りがあらかじめ内包されているのではないかと。そしてこの香りは、日本で暴力的行動が生まれる際の、論理と心理が典型的に現れており、現代にも無縁ではないのではないか。

実は西郷が歴史学で取り上げられる場合、天皇と藩主・島津斉彬に対する忠誠の相剋、あるいは明治新政府の国家体制づくりとの関係で論じられることが多い。でも、『南洲翁遺訓』を思想史的に精読して観ると、少し違う論点が出てくるんです。

具体的には著名な「敬天愛人」に注目するだけでもいいでしょう。幕末の儒学者・佐藤一斎に親しんでいた西郷は、「天道」「天命」を重視しました。自らの行動の指針、究極の根拠を超越的なものにおいていたんですね。維新を押し進めた志士たちの強烈な自負心は、この「天」とのつながりを根拠としています。

ところが、一方で西郷には自分の過剰な精神をうまくコントロールできない一面があった。「天」から与えられた規範を逸脱するような、独善に陥るような暴力的な一面があったのです。その危険性が突出してしまったのが、後の頭山満周辺の西郷信者によるテロ事件でした。
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この記事の中でご紹介した本
未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―/新潮社
未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―
著 者:先崎 彰容
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月9日 新聞掲載(第3230号)
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