アリストテレスの時間論 書評|篠澤 和久(東北大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年3月10日

アリストテレスの哲学に「時間」の通奏低音を聞き取る試み

アリストテレスの時間論
著 者:篠澤 和久
出版社:東北大学出版会
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時間論がアリストテレス『自然学』の主題のひとつであることはよく知られている。だが、それが『命題論』の未来単称命題(第二章)、『分析論前書』の様相推論(第三章)、『形而上学』のエネルゲイア論(幕間一)、『ニコマコス倫理学』の「無抑制」論(第五章)、『詩学』の物語論(第六章)などのアリストテレス哲学全体に広がるテーマであることはそれほど自明ではない。本書の独創性は何よりもまずはそうした時間論の鉱脈を発掘した点にある。各章の見出しには概ね「時間」が含まれ、さらにそこで扱われる著作に応じて「『~』の時間」という副題が付されている。ただし、本書のタイトルや各章の見出し・副題がもたらす印象とはいささか異なり、本書で要石の役割を担う第四章(『自然学』の時間論)以外で展開されるのは「時間とは何か」という狭義の時間論ではない。評者の関心からすればそこに共通するのはむしろ様相の問題だとも思われるが、本書で展開されるのは、テンスやアスペクトは言うに及ばず、言語、存在、様相、認識、運動、行為、物語などそのひとつだけでも統一テーマになりうるような問題群と時間との関係をめぐる広義の時間論である。その点で本書における時間のモチーフは主旋律というよりは通奏低音とでも言うべきものであり、本書の「時間論」としての意匠の成否も時間のそうした位置づけにかかっている。

本書の結語としての「梗概」も参照しながら、独自の視点が見て取れ、またそれだけに今後の検討を要する解釈のポイントをいくつか摘出してみたい。(1)「明日海戦が起こるだろう」という未来単称命題をめぐる「海戦問題」が示唆するのは、存在(ある)を現実様相と可能様相による「重層的構造」として把握することの重要性であり、この点は可能態・現実態を理解するための端緒となる。(2)様相推論をめぐる不整合の原因はそこで扱われる様相概念の多義性にあるが、そこには〈ロゴス=論理=言語〉から自然的世界としての〈プラーグマ〉への接近が見て取れる。(3)様相推論の体系は、偶然様相→無様相→必然様相という「様相階梯図」の形で再構成可能であり、この構図は「人間の知の時間的深化」とも重なり合う。(4)「過去も未来も存在しない」というアポリア(ひいてはゼノンのパラドクス)は〈今=時間〉すなわち延長的かつ分割不可能な〈今〉への着目によって解決可能となるが、その両端に現れる二つの〈今〉は「運動の局相として析出される限界」にほかならない。(5)〈今=時間〉の基盤としての運動の感覚から昇華された「観想的活動」こそが〈今〉において完結(完了)するエネルゲイアの範型となる。(6)アクラシア論は、当該テクストの記述が無抑制状態とその前後の時間的推移に対応していることを考慮に入れながら、そこに実践三段論法の大前提・小前提・結論ならびに欲望という概念装置を組み込むことで理解可能となる。(7)歴史から物語を経由して哲学への学的階層性によって浮かび上がる「時間および行為の統一性」というモチーフは物語の三部構成(始→中→終)に準拠しているが、それはまたミクロ的には、無抑制の時間的推移にも対応するような「人間の行為の基本的構図」である。

もちろん、以上のような論点を列挙するだけでは本書の要約としては不十分であろうが、アリストテレスあるいは(幕間二のアスペクト論の帰趨も含めて)こうした主題に関心を持つ新規の読者を誘うには充分であろう。ギリシア哲学研究の現場には、個々の問題を現代哲学にあまりにも引き付けて理解しようとするとその固有性が損なわれ、もっぱら古代哲学の枠内だけで解釈しようとするとその普遍性が失われかねないというディレンマがつねに付きまとう。本書は、アリストテレス解釈としても、ことがらの普遍的性格からしても、そうしたディレンマの二つの渦巻きの間で一定の均衡を保っている(決してそう多くはない)事例のひとつである。
この記事の中でご紹介した本
アリストテレスの時間論/東北大学出版会
アリストテレスの時間論
著 者:篠澤 和久
出版社:東北大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月9日 新聞掲載(第3230号)
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