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2018年3月30日

【追悼】2011年2月25日号を公開
石牟礼道子氏インタビュー 近代という病いを見つめて
『苦海浄土』の「世界文学全集」(河出書房新社)収録を機に

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作家の石牟礼道子氏が2018年2月10日にこの世を去った。3月30日号の特集「追悼 石牟礼道子」に合わせて、過去に週刊読書人で掲載した石牟礼道子氏インタビューをあらためてウェブでお届けする。
※以下より週刊読書人2011年2月25日号内容です。

水俣病患者たちのその苦しみと戦いを描いた小説『苦海浄土』が、河出書房新社から刊行されている池澤夏樹氏個人編集の「世界文学全集」に、唯一の日本文学作品としてこのたび収録刊行された。第一部「苦海浄土」、第二部「神々の村」、第三部「天の魚」の全三部が一冊となったのは今回が初めてであり、より多くの読者の手に届くことになった。そこで本紙では今回の刊行を機に、熊本に住む石牟礼氏に、作品についてお話を伺うことにした。(編集部)
第1回
水俣病の患者たちに対する仕打ちは今もなお続いている

石牟礼 道子氏
――『苦海浄土』第一部を書き始められてから、全三部の完結に至るまでにおよそ40年かかったということですが。
石牟礼
題材が題材なものですから苦しくなりましてね。すらすらと筆を運ぶわけにはいきませんでした。立ち止まり、立ち止まり、吐息をつきつき書きました。

――ご自身では40年という年月は意識されていなかったのですか。
石牟礼
忘れておりましたね。40年もかかっているのだと人から言われて、がっくりいたしました。

――そしてこのたび河出書房新社の「世界文学全集」に『苦海浄土』全三部が一冊となって収録されたわけですが、それに呼応するかのように、渡辺京二さんの『黒船前夜』が大佛次郎賞、水俣学の原田正純さんと、この「世界文学全集」を編集されている池澤夏樹さんのお二人が朝日賞と、『苦海浄土』と関わりのある方たちの大きな賞の受賞が相次ぎました。その一方では、水銀規制条約の政府間交渉委員会がこの一月に始まり、またチッソの分社化が今年にも現実化しそうだったりと、こちらもまたあらためて水俣病が注目されることになる出来事かと思います。これらは水俣病がいまだに解決されていないということを象徴している気がしますが、石牟礼さんはこうしたことについてどのような思いを抱かれているのでしょうか。
石牟礼
最初の振り出しの時からチッソも県も国も隠蔽する方向で方針を打ち出しまして、地域の調査も、不知火海の汚染度の調査も、それからチッソがどれぐらい排水を流したかという調査も何ひとつされませんでした。調べようと思えば今も出来るんです。それなのに不知火海沿岸に住む人たちに対して、危険であるという行政的な措置は何一つなされていません。わずかに熊本大学の研究者たちが、初期の頃に、患者集中地帯と言われていた集落の人たちを、「学用患者」として連れて行ったり、いろいろ研究してくださってある程度の成果を出して報告書を出されましたけれど、それも大きくは公表されませんでした。

昭和34年の11月に不知火海の漁民たちがチッソ工場に排水を止めてくれとデモをかけましたが、門の前にデモ隊が着いた途端、チッソが門を閉じて入れまいとしましたから、怒った漁民たちの極少数が中に入ってタイプライターや、机や椅子だとかを工場の周りの排水溝にぶち込んだのを私は見ていました。その時の漁民の数は二千とも三千とも言われていますが、そのデモはとても印象ぶかい姿でした。『苦海浄土』の中に書いておりますが、漁民たちのデモと安保のデモがすれ違う瞬間があったりいたしまして、つぶさに見たのですけど、漁民たちは赤ちゃんをおんぶして綿入れのねんねこを着たおかみさんだとか、ゴム草履を履いた若者たちとかで、いわゆる市民のデモと違うんです。はにかんだような、初々しい様子でした。デモ隊といえば靴の音を連想いたしますでしょう。だけど足音が違うんですね。ちびた下駄を履いている人もいるし、裸足の人もいる。裸足なのは若者たちで、漁師さんたちは朝昼晩焼酎を飲む人もおりますから、工場にデモをかけるというので景気をつけるのにいっぱいひっかけて、船の上は素足ですから、裸足になっている。その素足を私は、なるほどと思って見ていました。

そのデモ隊の指揮者たちを警察は検挙して牢屋にぶち込んで厳しい取り調べをして、その中の何人かが一か月内外で重症化して、亡くなったということがございます。新聞も暴力漁民などと書きました。そういうふうにして初めて水俣病が奇病という形で世の中に少し知られました。あの時に漁民の要求を聞いて工場排水を一時でも止めて、よく検査をして安全にして流せばよかったのでしょうけれども、それをいたしませんでしたものね。どんどん毒死する人が出ているのに、流し続けましたから。その仕打ちは心情的には今も続いていると思います。だって特措法を作って、認定した人たちに二一〇万円という見舞金を出して、それを救済だと称してお終いにしようとしているでしょう。まあ医療費は出すそうですけれど、それも裁判を降りなければ出さないという基本方針でございますよね。脅迫しているんですよ。

――構造は当時とほとんど変わっていないとうことですね。
石牟礼
根本的にはほとんど変わってません。

――デモの時には、熊本大学の研究だけでなくチッソ附属病院長の細川一氏による研究によってチッソの側も当然排水が原因だということはすでに分かっていたわけですが、そののちに細川氏と石牟礼さんは出会われたのですね。
石牟礼
あんな美しい眼の色をした人に逢ったことがないです。どう言ったらいいのでしょうか、何か眼の底に、蒼い湖を湛えているような、現代文明に汚染されていない太古の湖が先生の眼の中にあるという感じを受けました。一番最初にお目にかかりに行った時から、私をじっとごらんになられて、何でも聞いてくださいとおっしゃいました。どさっとたくさんの資料を持ってきて、どうぞ全部ご覧ください、何でも尋ねてください、僕がお答えできないことは勉強してお答えいたしますとおっしゃってくださいましたけど、一番最初は、何を聞いていいかも分からなかったですよ。

先生は「工場排水そのものを猫の餌に混ぜて実験したら、すぐに病状が出ました」と言われました。「僕の決断がもっと早ければよかったですけれども、ちょっと手遅れでしたね、それで僕は辞表をいつ出そうかと思って持っています」とおっしゃっていました。それから「創業の気分があった時代は良かったですけれども、こんなことになりまして、チッソは悔い改めなければ助からないのですがね」ともおっしゃいました。その後すぐに先生は癌に罹られたんです。

――作品について伺いたいのですが、講談社文庫版『苦海浄土』第一部の渡辺京二さんの解説や「世界文学全集」版の池澤夏樹さんの解説にもありますが、この作品は決してルポルタージュではなく、患者やその家族たちの言葉も決して聞き書きとしてそのままを書いているのではなく、石牟礼さんが耳にした言葉を一度身内に取り込んで、もう一度そこから紡がれているのだということですが、こうしたかたちで書かれたのはなぜなのでしょうか。
石牟礼
方言をそのまま書いても、読んでくださる方々がまず困られますし、分かりませんから。それにそんなにたくさんの患者さんたちにしばしばお目にかかったわけではないんです。一度お目にかかるとショックを受けて行けなくなるんですよ。半年してから行くとか、一年ぐらい考えていてまたお訪ねするとかで、しばしばお訪ねできないものですから、その間にどう表現しようかと思ってましてね。
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この記事の中でご紹介した本
苦海浄土(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集) /河出書房新社
苦海浄土(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)
著 者:石牟礼 道子
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
2011年2月25日 新聞掲載(第2878号)
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