外地巡礼 「越境的」日本語文学論 書評|西 成彦(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年3月17日

日本語文学の可能性の中へ、外地を解き放つ

外地巡礼 「越境的」日本語文学論
著 者:西 成彦
出版社:みすず書房
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東の空で見上げた星の輝きから、西の空の星のまたたきを想起し、二つを並べてみる。振り仰ぐ大きな振幅のなかに、さらに南の空、北の空の星々を加え、対照する線分を結んでいけば、いつしか全天規模の絵図が浮かび上がる。西成彦の比較文学論とは、たとえていえばそのようなものだと思う。予想を超えたスケールの星座的配置が、思いもかけぬ形で浮上する、その知的な興奮。描画の自在さ、自由さ。

前著『バイリンガルな夢と憂鬱』に続く本書で西は、その星座的な俯瞰を日本語文学の領域を対象に行っている。西によればそれは、外地を過去の中に閉じ込めるのではなく、内地と異なる前史をもつ土地に注目し、そのことを通じて日本語文学のオルタナティヴな可能性を問い直すためであるという。

本書を構成する柱の一つは、日本語文学の地球規模の広がりを示す一望的な見取り図の提示である。章としては「日本語文学の拡散、収縮、離散」「脱植民地化の文学と言語戦争」「外地巡礼 外地日本語文学の諸問題」「外地の日本語文学 ブラジルの日本語文学拠点を視野に入れて」が該当しよう。

二つめは台湾文学への注目である。激しい政治的・文化的変転を経てきたこの島には、境域だからこその屈曲が堆積している。西は在台湾の台湾人・日本人の日本語作家や、戦後=脱植民地化と向き合った日本の作家たちの創作を検討しながら、この島の複雑さのなかに日本語文学のアクチュアリティや、「内地人」の自明性を問い直す契機を見いだす。「元日本兵の帰郷」や、日誌として書かれたⅢの他に、「暴れるテラピアの筋肉に触れる」を収めたⅣでも台湾は何度も言及される。

三つめはブラジルの日本語文学。「外地喪失」という近代日本そしてヨーロッパの経験に着目する西にとって、戦前と戦後をまたぎ、同じ土地で日本語文学が生き続けたブラジルは、北米とならんで独特の価値をもつ場であるのだ。Vを中心に、「ブラジル日本語文学のゆくえ」をはじめ、ブラジル近現代における日本語文学活動への言及は多い。

本書に対して不満がないわけではない。研究のスタイルによるといえばそれまでだが、西の文学論には一等星と二等星しか出てこない。きらめくそれらの星々は注目度も作品の強度も群を抜く。そうした強い光を結んでいくのが、西の示す星座的配置である。本書に収められた論考は、講演や論文集の序章、寄稿記事をもとにしている章が比較的多いため、なおさらそういう印象が強まるのもあるだろうが、それだけではあるまい。東の作品と西の作品の対照を見い出す発見的作業は、それぞれの作品が生まれ出た環境の歴史的変転や共時的広がりを、厚みをもって――三等星も四等星も変光星も現れる記述で――描き出す可能性の棄却と裏腹の関係になっている。

だが西はそうした厚い文学史的記述を選ばす、比較文学的な越境性を取る。たとえばそれは、日本語文学の各例を検討しながら、他の文学(史)にその対比物を見つける手法である。対比されるのは、ヨーロッパの戦後文学であり、脱植民地化のプロセスにおけるクレオール文学であり、旧植民地出身の西洋人文学者であり、沖縄文学であり、アイヌ文学である。

読者を立ち止まらせ、思考へと誘う用語や洞察も数多くちりばめられる。「なりすまし」、言語の足し算と引き算、アフリカマイマイとニンゲンとの歴史の分有、疎外された人間存在の一つの類型としての「ポーランド人」、戦後日本の中の「飛び地」としての旧植民地(の記憶)、内地日本人であったはずの人間がいつのまにか日本人であることをやめてしまうような境域としての外地など、どれも触発性は抜群だ。

西成彦に「なりすます」のは容易ではないが、その思考の軌跡を追いかけながら、展望の広大さと、鋭い洞察、きらめく修辞を受け取って、本書読者もまた新しい比較の星座を夢想したくなるだろう。
この記事の中でご紹介した本
外地巡礼 「越境的」日本語文学論/みすず書房
外地巡礼 「越境的」日本語文学論
著 者:西 成彦
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月16日 新聞掲載(第3231号)
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