対談=髙山文彦×中江有里/書評=松永正訓 暗黒の人類史に革命を 笹川陽平が挑むハンセン病制圧と差別撤廃運動 髙山文彦著『宿命の戦記』(小学館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月23日

対談=髙山文彦×中江有里/書評=松永正訓
暗黒の人類史に革命を 笹川陽平が挑むハンセン病制圧と差別撤廃運動
髙山文彦著『宿命の戦記』(小学館)刊行を機に

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ノンフィクション作家の髙山文彦氏が『宿命の戦記 笹川陽平、ハンセン病制圧の記録』(小学館)を上梓した。笹川良一・陽平父子の物語を綴った前著『宿命の子 笹川一族の神話』(同)の執筆中から約七年にわたり陽平氏(日本財団会長)がライフワークとして取り組んでいるハンセン病制圧の活動に密着。ハンセン病制圧大使として陽平氏が様々な国でどのように病と戦い、また差別と戦っているかが描かれる。本書刊行を機に女優・作家の中江有里氏との対談をお願いした。中江氏はハンセン病について以前から関心があったという。加えて医師の松永正訓氏に本書の書評をお願いした。 (編集部)
第1回
笹川陽平の「使命」

中江 有里氏
中江 
 『宿命の戦記』は日本財団会長でハンセン病制圧大使である笹川陽平さんに同行して多くの国をまわり、その国のハンセン病への取り組みや現状が描かれています。初めからこれだけの国をまわられると想定されていたんですか。
髙山 
 全くしていませんでした(笑)。笹川さんに同行してハンセン病患者のいる現場に行っている時期は、まだ『宿命の子』を「週刊ポスト」で連載している最中でした。『宿命の子』を書き終えたらハンセン病に絞った話を書かなければいけない、となんとなく考えていたんです。

笹川というある意味で神話化された一族の中で、陽平さんはかなり辛抱してきているんですね。父親である笹川良一は〈右手で汚れたテラ銭を集め左手で浄財として配る〉〈博打で稼いだ金で慈善事業をして名誉欲を満たしてノーベル平和賞をほしがっている〉などとメディアに書かれていた。僕も最初は疑っていましたが、取材を進めていくうちに、この人は大変重要な仕事を熱心に続けている稀有な人であると実感するようになりました。そして世間の笹川陽平を見る目を、自分を含めて正気に戻してやらなければと思うようになったんです。

『宿命の子』を書き上げてからも同行取材を続ける中で、バチカンの問題がありました。フランシスコ教皇がハンセン病に対して差別発言をし、笹川さんはすぐさま抗議文を送りました。最初が二〇一三年です。
中江 
 それに対するきちんとした返事が無かったみたいですね。
髙山 文彦氏
髙山 
 そうです。その後も教皇はハンセン病を悪い比喩として使うので、笹川さんはその都度抗議文を送っていましたね。教皇にハンセン病の現在についてご進講させてほしい、という要望から、バチカンに世界中の回復者を集めて教皇庁と日本財団共同でシンポジウムをひらかせてほしい、という大変大きな要望に発展していった。しかし返事は、なしのつぶて。

ところが二〇一六年一月になって、急にバチカンから日本財団と教皇庁の主催で国際シンポジウムを開きたいという連絡が来たんです。それで二〇一六年六月九日・一〇日の両日、「ハンセン病患者・回復者の尊厳の尊重とホリスティック・ケア」をテーマに世界中から関係者を集めてシンポジウムが開かれました。これはローマカトリックの歴史上、かつてない大きな出来事なんですよ。シンポジウムが成功裡に終わるのか、或いは問題を残しながらでもいっこうに構わないけれど、とにかく二日間みっちり内容の濃いものにできるのか。どちらにせよ、笹川陽平のハンセン病制圧活動の歴史において大団円を描くことになるだろう思いましたね。
中江 
 髙山さんが同行されたから本になりましたけれど、笹川さんもご自分のしたことを外から見て残すことはなかなかできなかったと思います。
髙山 
 日本財団は報告書を書くけれど細々とした会話までは書きません。「海が青かった」とか「回復者の手は岩のように硬かった」なんて書かないでしょう。
中江 
 報告書には必要ないですからね。髙山さんは中央アフリカ共和国のホテルのシャワーのことも書かれていて、過酷な旅だったことが伝わりました。
髙山 
 けっこう過酷でしたけど、僕は法政大学探検部のOBですからね、楽しいんですよ。虫除けのために薬を塗りたくって全身ベトベトで寝なきゃいけないし、赤道だから強烈に蒸し暑いし、もう好きにしてくれっていう感じ(笑)。
中江 
 読んでいるだけで不快でした(笑)。そういった実感まで含めてドキュメントとして残してくれるのは笹川さんとしてもありがたいですね。笹川さんのドキュメンタリーを撮るためのカメラが入っている時がありましたけれど、カメラで撮れないところもあります。カメラがあると相手も身構えてしまうでしょう。髙山さんも日本財団の職員のフリをして大臣との面会などに潜入しているので、書き手にしかできないことだと思いました。

私も以前に日本財団のハンセン病に関するシンポジウムに参加しましたが、『宿命の戦記』を読む前から笹川さんがどうしてハンセン病制圧に取り組んでいるのか謎ではありました。もちろん父親の存在があるのはわかりますが、仕事というよりも「使命」という印象です。髙山さんが描いた笹川さんのハンセン病制圧の旅を通して、差別がキーワードとしてあります。一つのイメージにとらわれているとそれがまた差別に繋がる。人間は差別をしてしまう生き物ですね。髙山さんも最初は疑っていたとおっしゃいましたが、その視点は大事だと思いました。
髙山 
 僕は見たまま感じたままを基本に書こうと努めてきました。ハンセン病の歴史は人類が始まって以来ずっとあります。なぜ笹川さんがここまでやっているのかと関連付けると、旧約聖書以来「死の影の谷」に追いやられるべきものとして描かれてきたこの病を、制圧し撲滅しゼロにする闘いを誰かがやらなければいけなかったわけです。笹川さんも制圧活動を始めたけれど、そこにさらに大きな問題が深刻なかたちで横たわっていることを実感していった。それが差別の問題です。彼はハンセン病を撲滅するだけでなく、同時に差別を乗り越えていく闘いをしなければいけないと感じるようになった。

聖書に書かれているけれど、イエス・キリストだって、たくさんの癩者を治癒しています。でもイエス・キリストは治癒をしたけれど、差別の構造から彼らを解放することまではしていない。或いはガンジーだって、ハンセン病者たちを癒やした人には違いない。英国人たちとインド解放のための話し合いをしている最中にも、ハンセン病者たちがやって来ると、ぷいと席を立って彼らに慰めを与えた。しかし彼にしてもハンセン病者たちをアウトカーストという立場から解放しようとまではしなかった。英国人にインドを蹂躙させないために、戦術としてカースト制を温存したわけですからね。

笹川陽平が初めてなんですよ。一つは特効薬を世界中に無料配布して撲滅していこうとした。もう一つは差別撤廃の議案を国連総会で決議させ、具体的な差別撤廃のためのガイドラインを承認させた。これは歴史に名を留めるような偉大な仕事だと思います。
中江 
 なぜ、そこまでするのでしょうか。
髙山 
 彼はこう言ったことがあるんです。「戦後最大の被差別者は私の父・笹川良一です」と。これを聞いた時、僕は大変ショックを受けました。つまり様々なジャーナリズムのフレームアップ攻撃によって袋叩きにされ、謂れなき差別を受けた。そういった位置づけの意識が、彼をハンセン病差別撤廃運動へと向かわせている。一つの復讐の形が、今のようなハンセン病制圧と差別撤廃運動に昇華されていく。おかしな話だと思う人もいるだろうけれど、そういうことが現実には起こるんです。自分の家庭が不幸だったから不幸な家庭を見ると助けてあげたいと思う人だっているでしょう。それとよく似ています。謂れなき差別の原因を究明し、世界的に明らかにしていく。これはとても大きな運動です。
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この記事の中でご紹介した本
宿命の戦記  笹川陽平、ハンセン病制圧の記録/小学館
宿命の戦記 笹川陽平、ハンセン病制圧の記録
著 者:高山 文彦
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月23日 新聞掲載(第3232号)
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