ファミリー・ライフ 書評|アキール・シャルマ(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年3月31日

新たな地で自己を発見しながら成長するディアスポラの物語

ファミリー・ライフ
著 者:アキール・シャルマ
出版社:新潮社
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一九六〇年代から七〇年代にかけて、高学歴インド人によるイギリス、アメリカへの移住が始まった。この波に乗り、一足先に渡米した父を追いかけ、主人公アジェは母と兄のビルジュとインドの首都デリーからニューヨークに移住する。アメリカでの暮らしは物理的に一家を圧倒し、八歳だったアジェは、「アメリカの豊かさに目を丸く」する。ミシュラ一家が新しい暮らしに馴染み始め、兄が優秀な高校に合格し、アメリカでのサクセス・ストーリーの第一歩を踏み出したと思った矢先、兄はプールで水難事故に遭い、脳を損傷し、話すことも、動くこともできなくなってしまう。そして、家族の生活は、二度と回復することのない兄の介護を中心に回っていく。

時には怪しげな自称ヒーラーにも救いを見いだそうとし、献身的に兄を介護する母。その姿はインド人コミュニティの間で「インド人的」と崇められ、様々な階級のインド人が集まってくる。母親の関心が兄だけに向けられているようで孤独を感じるアジェは、学校にも心を開ける友人がいない。「毎日首を吊りたいと思っている」という父は、飲酒に走る。誰の人生においても取り消したい、やり直したい瞬間はあるだろう。兄が気を失ってプールの底に横たわっていた三分間。一家にとって、その三分間という短い時間は、彼らの夢と生活を一変し、こんなはずではなかったとそれぞれに重くのしかかったに違いない。アジェは思う。「たった三分間で全てが変わってしまったなんて信じられなかった。」と。それでも、いやおうなしに家族の人生は続いていく。

一家はそれぞれが苦悩し、時にバラバラになりながらも、兄の介護を通して社会と関わり、そして互いの絆を深めてゆく。本書は自伝ではないが、著者のシャルマ自身もインドからの移住者で、彼の兄も水難事故にあっている。彼自身と家族の体験を物語にするためのスタイルを見つけるまでに十二年を費やし、そこから半年で本書を書き上げたとのことだ。介護を巡る家族の苦悩、家族とは何か、家族の絆とは何かという問いかけは、私たち日本人にとっても決して無縁ではない。

インド系作家による英語文学の魅力の一つは、普遍性とインド的なるものの混合にあるが、その混合具合は作者によって色々だ。シャルマの場合、インド性をひけらかすようなことはしない。インド的なものは、何でもないよう、違和感のないように配置され、控えめでいながら、しかし隠し味のように普遍的な物語を際立たせている。本書の中にヒントを求めるのであれば、シャルマは書くことと一緒にこのスタイルをヘミングウェイから学んだのではないかと思う。「エキゾチックな要素は何事でもないようにすべて脇に押しやるべきなのだ。それこそが異国的なものの使い方なのだ――いちいち説明する必要なんてない。」

実は、当初主人公の名前の表記に違和感を覚えた。ヒンディー語ではどちらかというと「アジャイ」に近いからだ。でも、物語を読み進めるうちに気がつく。アメリカ人が英語風に発音すれば「アジェ」なのだ。自分という存在の上で二つの文化が出会い、せめぎあう。そこから生まれる新しい自分を発見し、受け入れ、自分を再構築していく。この物語は、新たな地で、自己を発見しながら、成長していく一人のディアスポラの物語でもある。アジェ少年とヘミングウェイの出会いのように、本書を通じて私たちの世界も広がっていく。(小野正嗣訳)
この記事の中でご紹介した本
ファミリー・ライフ/新潮社
ファミリー・ライフ
著 者:アキール・シャルマ
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月30日 新聞掲載(第3233号)
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