生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき 書評|荒井 裕樹(亜紀書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2018年3月31日

荒井 裕樹著 『生きていく絵 アートが人を〈癒やす〉とき』
明治大学 山田 拓磨

生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき
著 者:荒井 裕樹
出版社:亜紀書房
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この本は、精神疾患を持つ人たちが、ある精神病院の美術教室を通じて病を克服していくルポルタージュ作品です。特に、芸術関連の仕事を目指す学生におすすめします。

舞台は八王子市にある精神科「平川病院」に設けられた造形教室です。造形教室というのは、平川病院に入院・通院する人が、病院の一画に作られた美術室のような部屋で絵を描く集まりです。参加者たちは、医療者に描く絵を指定されたり、病状を理由に作風を注意されることもなく、あくまで主体的に絵に取り組んでいます。

本書は五章立てになっており、一章は造形教室が始まるきっかけ、二章以降は造形教室に通う四人を順番に着目していくオムニバス形式です。様々な事情を抱える参加者たちが、自らにふさわしい表現手段に出会い、病と向き合う様子が描かれています。本文に掲載された多くの作品資料と、著者の暖かくも鋭い観察眼により、カウンセリングでは見えてこない参加者たちの繊細な心の機微を読者に伝えてくれます。

一番印象に残っているのは、保護室(危険な精神状態の患者を収容・隔離する殺風景な小部屋)の壁に描かれた禍々しい絵の話です。その絵は、かろうじて人物画だとは分かりますが、描線は怒りに任せて描き殴ったように荒れすさび、絵の具は飛び散り、凶器のような攻撃性と閉塞感に対する憎しみを感じさせます。しかし、目を逸らさずにじっくり見てみると、絵の人物が抱擁するように腕を広げていたり、女性的なAラインの服を着ているようにも見えます。作者は、この絵を「マリア」と呼び、ベッドを見おろす位置に描きました。

作者は、殺風景な保護室に閉じ込められ、抜け出そうとパニックになりながらも、なんとか気持ちを落ち着かせようとします。そのために、自分を見守ってくれる存在を“自分の筆で”壁に直接描いたのです。

まさしく、煮えたぎる重い衝動と、生存し続けるための希望が、熔け合い表出された“最も根源的なアート”と言えるでしょう。

このような作品が、作者たちのライフヒストリーと合わせて多数登場します。造形教室に通う表現者たちは「(明日も)生きていく」ために自己表現をしています。もちろん画業で食べていくという意味ではありません。壊れそうな心を支える杖として絵を描いている“最も純粋な表現者”なのです。

もしあなたが表現者を志す学生だとしたら、それはなぜでしょうか?誰かの賞が欲しいから、お金を儲けたいから、色々な理由が浮かぶとしてもあなただけの原点があるはずです。心を揺さぶる体験をして、あふれ出る思いをせき止められなかったから、表出する手段を求めたのではないでしょうか。目先の欲に捉われがちですが、一番大事なものは原点にあり、それこそがオリジナリティとなるはずです。私はこの本を読む度に“なぜ表現するのか”という原点に返ってくることができます。

―表現は芸術の名の下でのみ許され、表現者は商業価値の多寡でのみ評価される―

そのような常識に息苦しさを抱えている人や、表現者を志しながらも思うようにいかない全ての人へ“なぜ表現するのか”を再確認するために、ぜひ読んでもらいたい一冊です。
この記事の中でご紹介した本
生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき/亜紀書房
生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき
著 者:荒井 裕樹
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月30日 新聞掲載(第3233号)
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