トマス・アクィナス 理性と神秘 書評|山本 芳久(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年3月31日

「信」と「知」の密接な結びつき 
新時代に突入した日本の中世思想研究

トマス・アクィナス 理性と神秘
著 者:山本 芳久
出版社:岩波書店
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二〇一七年秋に出村和彦『アウグスティヌス』で本気度を示した岩波新書が、年末に世に贈った極めつけの一冊。講談社選書メチエの『西洋哲学史Ⅱ』のイスラム哲学通史で人の度胆を抜いた山本芳久は、知泉書館から満を持して公にした『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』で稲垣良典、リーゼンフーバー、宮本久雄らの学統を継ぐ地位を確立し、慶応義塾大学出版会刊の『トマス・アクィナス 肯定の哲学』の感情論で読者に感動の渦を巻き起こした。ホップ、ステップに次ぐジャンプの本書では、日本の中世思想研究が新時代に突入したことを読書界に高らかに告げ知らせている。

キリスト教とアリストテレスの統合という離れ業を成し遂げた中世最大の思想家の根本精神へ導き入れる第一章から、最晩年の沈黙一歩手前の存在神学者が到り着いた理性と神秘の和合の境地を描く最終第五章まで、どの章にも、目から鱗的な読書体験が満載である。惜しみなく著者の愛が傾けられる七百年前のテクストが「魅力的」「絶妙」という口癖で褒めちぎられる一方、すれっからしの現代人の「視野狭窄」ぶりを露呈させつつ、「正反対だ」と次々に繰り出される清新な視点が小気味よい。その一端を紹介しよう。

コンビニが「コンビニエンス」の略だということは現代人なら誰でも知っている。だが、その語源である「コンヴェニエーンス」というラテン語がトマス・アクィナスの根本思想を表わす言葉だということを、私は本書を読んではじめて知った。この形容詞は、「便利」という意味ではなく、「ふさわしい・適切な」という意味であり、ネケサーリウム(必然的な)と対比して使われる神学用語だった。山本の剴切な説明によれば、「ある意味偶然的な仕方で実際に生じたと聖書に報告されている出来事を理性的に分析してみると、そこにはもっともな筋道と知恵を見出すことができる。このような文脈で語られるのが「ふさわしさ」の論理なのだ」。コンヴェニとはじつに、出来事の意味を照らし出す一語だった。

論理的にも因果的にも必然的とは言い難いが、歴史的にはピタッとはまる偶然事というものがある。そのような「ふさわしさ」を備えた椿事の極みが、キリスト教神学的には、「神の受肉・キリストの出現」なのだという。コンビニという言葉一つにも神学的奥行きがあると知れば、功徳があるというもの。いやそれ以上である。「功徳」と訳されるラテン語「メリトゥム」は、現代語の「メリット」の語源である。ケチなわれわれ現代人は、何をなすにも「どれだけメリットがあるか」を考えないと気がすまない。ところが、この「値すること」という意味の言葉は、じつに、神の恩寵に導かれてはじめて人間にもたらされる善き結果を表わすものだった。信仰という自由意志的行為にはそういうメリットつまり功徳があったと指摘されると、不信心者もなるほどと唸らされる。

いやいや、信仰なんてわれわれには関係ないと思う現代人は多い。信じるとは知ることの反対と見なすのが現代人の常識である。ところが、本書の最大の読みどころの一つは、「信」と「知」の緊密な結びつきをトマスに即して証し立てる箇所なのである。中世スコラ哲学では「二重真理説」が幅をきかせていて、理性と神秘、知ることと信じることは別々のものとされていたと、知ったつもりになるのは間違いだという。現代世界にも、いや現代世界にこそ、根拠のよく分からない情報が氾濫しているが、その一切を疑わしいと切って捨てたら、何も知ることができなくなる。むしろわれわれは、信憑性のあるものについては、それを信じてはじめて知ることを開始しうる。知と信とは相反するのではなく、手を取り合って進む。何も信じないことは、何も知ろうとしないことに等しい。

理性と神秘を絶妙にブレンドした壮大な神学体系を築き上げたトマスは、知にとっての信の意味を、信なき時代の人びとにそう語っているのだと、本書は説き明かすのである。

じつはもう一つ、愉しい気分にさせてくれる小さな発見があった。「ヴァージン」という言葉の語源であり「純潔」と訳される「ヴィルギニタース」は、キリスト教倫理の根幹をなす徳だが、その根本義は、肉欲の罪悪視にあるのではなく、「より自由な仕方で神の観想に専心するため」であったという。修道士が独身を貫くのは、性的快楽を貶めているのではなく、それに優る至高の悦びである神との合一を集中して味わおうとしているのであり、それゆえ、彼らなりの愛欲の発揮の仕方なのだ。かくもアッケラカンとした「ヴァージン」肯定は、ニーチェ『ツァラトゥストラ』の純潔論に組み込めるほど爽快である。
この記事の中でご紹介した本
トマス・アクィナス 理性と神秘/岩波書店
トマス・アクィナス 理性と神秘
著 者:山本 芳久
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月30日 新聞掲載(第3233号)
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