角幡唯介インタビュー 一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった 『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年4月6日

角幡唯介インタビュー
一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった
『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に

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世界中にGoogleマップが張り巡らされ、イヌイットもネットを利用する時代。「地理的な未知」が失われた現代に、ノンフィクション作家角幡唯介氏の探検の舞台は、「極夜」だ。四カ月もの間太陽が昇らない闇と氷の世界を、一匹の犬と共に数十キロの橇を引いて進む。ブリザードの恐怖や、北極星と方位磁石のみで進むべき方向を見出す不安、食糧難、闇夜の月がもたらす精神的な幻惑と狂気……かつて誰も、これほど長い時間、「極夜」を旅したことはない。想像を絶する「未知」の世界へ、その筆致が読者を導く。『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に、今またグリーンランドにいる角幡唯介氏に、メールインタビューに答えていただいた。現在は、犬橇でより北のエリアへ向う旅のさなか、とのことである。  (編集部)
第1回
再び、『極夜行』の土地 を旅する

極夜行(角幡 唯介)文藝春秋
極夜行
角幡 唯介
文藝春秋
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――グリーンランドの旅の最中に、メールでインタビューに答えていただいています。現在はどんな状況におられますか。
角幡 
 北緯七七度四七分にあるシオラパルクというグリーンランド最北の村で旅の準備を終えたところです。現在三月十四日ですが、十九日から風が強くなるとの予報が出たので、その前に氷河を登り切って内陸氷床に出たほうがいいので、急遽出発を明日に決めました。風は氷河の途中より氷床に上がったほうが弱まるので、嵐が来る前に氷河を登り切ってしまおうという判断です。

犬のウヤミリックは去年より一回りでかくなってました。ほかの犬との喧嘩で鼻に大きな傷跡ができていて、闘犬みたいなふてぶてしい顔になってます。

――今回は『極夜行』の準主役、相棒犬ウヤミリックとの最後の旅だそうですね。どんな旅を予定されているのでしょう。
角幡 
 『極夜行』の旅で新たなテーマが生まれました。土地と時間です。土地のことを深く知ることにより新しい旅のかたちが可能になるということ。今回の旅の舞台は『極夜行』と同じグリーンランド北部のイングルフィールドランドという土地ですが、『極夜行』の旅を実現するため、私はこの土地に何度も通いました。その過程でこの土地の動物の生息場所や地理や地形の状況を深く知るようになりました。

今回は出発時の食料を少なめにして、兎や水鳥などを狩りで現地調達しながら、これまでの冬の旅ではいけなかったさらに北のエリアに足を踏み入れるつもりです。目標は四十日分の食料をもって出発して三カ月近い旅を行うことです。狩りに成功して食料を現地調達できれば目的地がどんどん北になっていく。

つまり、事前に目的地を決めるのではなく、途中の過程で目的地がどんどん変更されていくような旅をしてみたいと思っています。もしそれが実現すれば、普段の日常生活とは逆の時間の流れが経験できるのではないかと考えています。

私たちは日常的に、未来に予定を決めて現在をその予定に間に合わせるような時間の在り方で生きていますが、プロセス次第で未来が変更されるような旅を実現できれば、現在の結果によって未来が変わるわけで、普段の日常生活と時間の流れが逆になる。この時間の流れを逆流させるというのも、今回の旅のテーマです。

――旅のスタート地点であるシオラパルクも、私にはかなりの極地に思えます。この場所に人が住むことになった理由をご存知ですか? またこの地に住む人たちの、土地から影響を受けた特徴で、角幡さんが驚いたこと、興味をもっていることなどあれば、教えてください。
角幡 
 人が住むようになった詳しい経緯はよく知らないのですが、昔はもっと北にも住んでいたようです。今回の旅の舞台である北緯八十度近辺にも昔の住居跡がたくさんあります。要するに気候が温暖な時代はもっと北に住んでおり、寒冷になってきたため南に下がってきて、今はシオラパルクが最北の村ということなのだと思います。

最近はイヌイットも狩りをあまりしなくなりましたが、それでも狩猟民族の特性は濃厚に維持していて、とても影響を受けます。特に道具に対しての考え方がとても柔軟で、常識にとらわれることがない。臨機応変にモノを利用して何でも作り出す能力にたけていて、非常に知恵があります。俺たちは自分の力でこの大地を生き抜ける、という誇りが非常に高いのも魅力です。あとは犬との関係でしょうか。ここにいると人間と犬との関係を深く考えさせられます。

――グリーンランド北西部のイヌイットが、初めて外部の人間(英国海軍のジョン・ロス隊)と接触した二百年前(一八一八年)、「お前は太陽から来たのか。月から来たのか」という言葉を投げかけたという話が本書に引かれていました。この言葉は繰り返し出てきますが、角幡さんにとってどんな意味をもつ言葉ですか。また探検を終えて、この言葉の受け止め方は変わりましたか。
角幡 
 真実の自然を知っている人間の言葉だと思います。太陽と月という、時をつかさどる自然の二大要素に、存在自体がからめとられている人間の言葉です。こうした自然との有機的な結びつきを現代人は失ってしまっています。彼らにとって太陽や月はどのように現れるのかというのが、私にとっての大きな関心でした。それは今も変わりません。

――極夜の世界に行けば現代人が失ってしまった本物の太陽や本物の月を見られるのではないか、と考え始めたのはいつ頃のことですか。何かきっかけはあったのでしょうか。
角幡 
 十九世紀や二十世紀はじめの極地探検記にはかならず極夜の話が出てくるんです。当時は飛行機がなかったので蒸気船でアプローチして越冬し、春になり太陽が戻ってから探検した。彼らの本には必ず越冬中の作業の話や数カ月ぶりに戻る太陽の記述があり、学生時代から極夜や極夜明けの太陽に大きな興味がありました。

――極夜は、闇を失った明るい現代との対比の中でこそ、探検の意義が強まった「未知」だと思います。角幡さんの目を通してあぶり出される現代社会の未知や病理は、他にもあるのではないかと思うのですが、他に何か注目していることはありますか。
角幡 
 今、関心があるのは、地図のない世界とか、狩猟民族などの伝統社会における時間の流れとか、そういうことです。僕らは地図のようなトポグラフィカルな表象メディアをもとに空間を認識しますが、地図がなかった時代の人間はどのように空間を認識して、空間はどのように立ち現れてきたのかということに興味があります。それで地図無しで登山をしたり、今回も地図無しで極地を歩くことも考えたのですが、いろいろあって、地図無しはやめました。現代人とは異なる認識で空間と時間を把握できるか、それを旅というかたちで経験できるか、というのが今のテーマです。
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この記事の中でご紹介した本
極夜行/文藝春秋
極夜行
著 者:角幡 唯介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月6日 新聞掲載(第3234号)
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