津島佑子 光と水は地を覆えり 書評|川村 湊(インスクリプト)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年4月7日

深い敬愛を基調に 
「姉貴」の軌跡を追う「弟」の確かな足取り

津島佑子 光と水は地を覆えり
著 者:川村 湊
出版社:インスクリプト
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評者は、本紙三二〇七号(二〇一七年九月二二日発行)で井上隆史編『津島佑子の世界』(水声社)を紹介する機会を得た際、津島佑子が亡くなって以来、雑誌の特集、作品集の刊行、展覧会の開催など、様々な形で津島文学に光を当てる試みが続いていることに言及した。津島の死から二年を迎える今、新たな一冊が刊行された。今回取り上げる『津島佑子 光と水は地を覆えり』である。

帯には「作家を最もよく知る著者による、津島佑子の文学世界への最良の案内」とある。著者の川村湊氏は、一九八〇年代から津島作品を批評し、この二年間の津島文学再検討においても中心的役割を果たしている。津島本人とも親しく交流し、エジプト、新疆ウイグル自治区、インド、台湾、韓国などへの旅に同行し、それらの旅を通して津島が新たな作品の構想を得る現場に立ち会ってきたという。川村氏はそうした懇意の間柄から、かつて津島が早世した盟友・中上健次を「アニ」と呼んだのに対して、旅先での津島は「飽くことのない好奇心と行動力と食欲」と「方向音痴と迷子癖」を見せる「姉貴」であり、自分はその後をついて行く「怠惰でズボラな弟分」のようであったと、本書でユーモアをこめて語る。津島と、「あとがき」執筆直後に亡くなったという妻で翻訳家の川村亜子氏に捧げられた本書は、「姉貴」に対する深い敬愛を基調にして、津島が追い求めた文学世界の独自性と津島の生きた時代との共振のありようを解き明かす。

全体の構成では、本論が一六章から成り、巻末に一九九七年の著者と津島との対談が掲載されている。そのうち本論部分には、これまで津島の作品に関して著者が発表してきた文章のほぼ全てに加えて二編が書き下ろされている。これは、津島文学の展開上から言えば、七九年の『光の領分』から遺作までを追うことになるが、本書の主眼は、特に〈光〉や〈水〉のイメージを繰り返し津島が作中に取り入れてきたことを問うところに置かれている。この点に関して、巻末の対談で、川村氏は根源的なイメージと物語化の関係を作家本人に尋ね、最初にそうしたイメージをもってきて、それを広げて書いていくことが創作の原動力となっているとの回答を得ている。したがって、この津島独自の創作方法によってどのように個々の具体的な作品が生まれたのかを鮮明にするのが本論部分ということになる。

川村氏による津島文学の軌跡は、〈光〉を希望の象徴であるとともに凶暴性や禍々しさを孕むものとして描き、〈水〉を不吉で不安を掻き立てるものとして描いた諸作品の評に始まり、東日本大震災と福島第一原発事故後の未来を予言するかのように、人を滅ぼす「余分な太陽」を退治する神話を登場人物に幻視させる『あまりに野蛮な』を経て、放射能の光で汚染された世界を描いた3・11後の『ヤマネコ・ドーム』や『半減期を祝って』へと至る。初期から晩年までの〈光〉と〈水〉をめぐる「姉貴」の軌跡を追う「弟」の確かな足取りは、なぜ津島文学を読み継がねばならないのか、その理由と意味を私たちに突きつける。なお、本書の題名には、津島の作家としての最後の「戦い」が、原子力の〈光〉と津波の〈水〉が大地を覆ったあの大惨事に対するものであったことが託されている。
この記事の中でご紹介した本
津島佑子 光と水は地を覆えり/インスクリプト
津島佑子 光と水は地を覆えり
著 者:川村 湊
出版社:インスクリプト
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月6日 新聞掲載(第3234号)
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