小説禁止令に賛同する 書評|いとう せいこう(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年4月7日

小説が禁止された時、物書きはどのように振る舞い何を書くべきか

小説禁止令に賛同する
著 者:いとう せいこう
出版社:集英社
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もし戦争が起こったら。先の大戦のときのように、経済的な圧力を加えられたり、国策に協力しないと作品を発表するのが困難になったり、政府に不都合なことを書くと小林多喜二のように逮捕され拷問を加えられ虐殺されたら。それでも物書きは、自分自身を貫くことができるのか。あるいは、転向してしまうのか?

現在の日本の状態を「戦前」と感じる物書きは一度は問うたことがあるはずである。『小説禁止令に賛成する』は、そのような事態においてどのように振る舞い、何を書くべきかのシミュレーションである。インタビューの発言から、いとうせいこうが、来るべき戦争の予感の中で、第二次世界大戦中の検閲や弾圧、転向などを念頭に置いて本作を書いたことは確かだと言える。

近未来に、戦争が起こった。「大きな政治陣営同士がお互いに風説しか流さない」(p36)というポスト・トゥルースを思わせる状況に人々がうんざりし、印刷された出版物の信頼が高まった。そして「文学が力を持ってしまった」(p37)。「小説の中の浪漫が。わかりやすい物語が。勧善懲悪が。愛が」(p37)解き放たれた。愛国心と浪漫主義的心情は高まり、戦争を招く。そして小説家は戦争犯罪人として裁かれ、小説禁止令が作られた。

作中の主人公である作家は、収監されながら、収監者用の小冊子『やすらか』に「随筆」を連載している。その連載を集めたものがこの書籍(『小説禁止令に賛成する』)であるという趣向だ。

「本当のこと」「言いたいこと」が言えないとき、(現実の歴史で)作家はどうしてきたか。筆を折ったり、作風を変えたりする作家ももちろんいた。しかし、戦略的な作家は、本心を隠し、表面上の言葉と逆のことを伝える技法である「アイロニー」などを駆使したり、隠喩や象徴などを駆使して暗号通信のように真意を伝えようとしてきた。中には、「真意」を巡る混乱と虚無それ自体と化していくような作家もいた。

本作の語り手である獄中の作家も、小説を批判する随筆を書いていると主張しながら、小説を分析し批判するためという口実で小説を紹介し、魅力を伝えている。あまつさえ、すっとぼけながら、架空の小説『月宮殿暴走』を展開して見せる。『月宮殿暴走』はフィクションの体裁を採りながらも、検閲されるので公にできない自身の境遇を隠喩的に語る。

本作の複雑な仕掛けの「真意」を読解しきることは、恥ずかしながら、できなかった。頻出する時間を示す数字や、作中人物と作者・読者の関係を示す評論的な記述を、「脱出のために必要な情報を外部に暗号通信しているのではないか」と(途中まで)読んでいたぐらいである。だが、そのような収束は見せず、作品はポストモダン小説風の揺らぎの方向に開かれて終わる。

問題意識は明瞭だ。同時代的な意義もある。内容も教育的だ。しかし、少し気になることがある。小説の読み方や文学者の抵抗の仕方を教育したがゆえに、読者の一人であった官吏がが暗号通信を理解し、その結果書き手が処刑されてしまうという結末は、皮肉めいている。しかし、そこには文学愛、文学へ殉教するという「浪漫」がある気がする。もちろん、感動するんだけど、「小説こそがそんな単純な浪漫をおちょくる力を持っている」(p38)という記述を考慮すると、この「浪漫」もおちょくらなくていいんだろうかと思わなくもない(あるいは、実際におちょくっているのかもしれないのだけれど)。
この記事の中でご紹介した本
小説禁止令に賛同する/集英社
小説禁止令に賛同する
著 者:いとう せいこう
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月6日 新聞掲載(第3234号)
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