ひとつのショットが輝くとはこういうこと  ポール・トーマス・アンダーソン「ファントム・スレッド」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年4月17日

ひとつのショットが輝くとはこういうこと 
ポール・トーマス・アンダーソン「ファントム・スレッド」

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5/26(土)より、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー!©2017 Phantom Thread,LLC All Rights Reserved
冒頭で語り手のアルマが言う。「レイノルズは私の夢を叶えてくれた。私も彼が最も望むものを与えた」ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』は愛の映画だ。レイノルズとアルマを結びつけたのは残酷でスキャンダラスにも見える愛だが、映画はこれを二人の純粋な愛として描く。そこが素晴らしい。自然な愛の形は人によって違う。男には男の、女には女の狂気があり、この愛は必然だった。デザイナーの前でウェイトレスが躓いた時、その後に起こる全てのことが定まった。彼は彼女を誘い、二人は宿命を真剣に生きた。ベッドシーンもなしにこの激しい愛を語ってみせた監督の力量に圧倒される。

移動ショットがいくつか記憶に残る。レイノルズがメゾンの婚礼用のドレスを見て酷評する。だが、体調が悪く倒れてしまい、立ち上がると部屋を出て階段を駆け上がる。一連の動作を手持ちカメラが生々しく追う。別の場面では、彼がアルマに結婚を申し込む様子が、三分を超える長回しの移動ショットで描かれる。ローアングルのカメラが手前のテーブルの下から出発して、アルマが横たわる奥のソファーへゆっくり前進する。また、ダンスパーティーの場面では、男が階段を降りて広いフロアを新妻に向かって進む。情感溢れるBGMが新年を祝う会場の喧騒に取って代わる。ジャンプカットの後、男は新妻のところへ行き無言で見つめ、その手を取って進み出す。以上が二つの移動ショットで示される。

だが、この映画で際立つのは、長めの移動ショットよりもむしろ固定ショットによる切り返しだ。確かに、アルマが初めて映画に登場してレイノルズに出会う場面で、躓くという彼女の決定的な動作は右から左へ素早く動くカメラによって捉えられる。しかし、その動作も男の視線による切り返しで示されるし、それに続く二人の初めての会話では、固定ショットの切り返しにおいて通常とは異なる位置に置かれたカメラが観客の注意を惹く。男は女を誘い夕食をともにするが、食事中の固定ショットの切り返しの連続が見事だ。男は頬杖をついて女を見つめる。最初はテーブルの高さにあるカメラが、どのようにして二人の目の高さに移るか、見逃さないようにしたい。そして映画の最後の食事でも、固定ショットの切り返しが連なり、ある時カメラの位置がテーブルの高さから目の高さへ移る。今回は女が頬杖をついて男を見つめる。

『ファントム・スレッド』の魅力は精緻なカット割りに支えられている。確かにひとつのショットの喚起力というものがある。出会ったばかりの頃、男は自分が仕立てた服をアルマに着せる。その時、カメラが下からその動作を仰ぎ見るように捉える。このショットは忘れ難い。しかし、これも端正なショットの連鎖のなかで示されるからこそ効果的なのだ。男の親密さに溢れる表情が、仕立てにとりかかった途端に真剣になり、女は幸せそうな笑みや時には戸惑いの表情も見せながら、男の言葉に従う。それらを示すショットのひとつひとつが的確で、クロースアップもローアングルも全て語りの機能を担っている。その上で、あたかもこの二人の関係の最も幸せな瞬間であるかのように、男が女に服を着せるこの特異なアングルのショットが示される。ひとつのショットが輝くとはこういうことだ。

今月は他に、『ワンダーストラック』『ペンタゴン・ペーパーズ』『覗かれる人妻』などが面白かった。また未公開だが、ベルトラン・ボネロの『ノクトラマ』も心に残った。
2018年4月13日 新聞掲載(第3235号)
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