世代問題の再燃 ハイデガー、アーレントとともに哲学する 書評|森 一郎(明石書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年4月14日

哲学を生きる 
ハイデガーが残した問題から豊かな洞察を引き出す

世代問題の再燃 ハイデガー、アーレントとともに哲学する
著 者:森 一郎
出版社:明石書店
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森さんの哲学は生きている。あるいは、森さんが哲学を生きていると言った方がいいだろう。本人も「日々是哲学」と言っていて、それが彼の本全体にあふれている。

森さんの以前からの研究のスタンスは、ハイデガーの『存在と時間』が内包するポテンシャルを汲み尽くすことにあるように思う。ただしそれは、ハイデガーの思想の展開をたどったり、その課題を正面から引き受けたりするようないわゆる“王道”ではない。むしろ、ハイデガーが残した、もしくは退けた問題から豊かな洞察を引き出している。

『存在と時間』の到達点である「死への存在」の本来性において、人間は他者と物に関わる日常性から引き離され、ただ一人、不安のうちで無と出会い、存在への問いに向き合う。森さんはそこから反転して、ハイデガーが積極的に論じなかった「誕生」を、「始まりへの存在」を、他者との「共存在」を、「物のもとでの存在」を取り上げる。しかもそれを時間的な広がりの中で問うのが、本書の「世代」というテーマである。

「世代」とは、個人のレベルでも社会のレベルでも、この「死と誕生」――二〇〇八年に刊行され、翌年和辻哲郎文化賞を受賞した彼の著書のタイトルでもある――の“間”をつなぎ、さらにはそれを超えていく途方もなく広大で複雑な問題である。本書はそれを様々な場面でとらえていこうとする試みである。

さて、生まれてから死ぬまでの“間”といっても、世代がとくに問題になるのは、まさに「中年」、人生の成熟期である。そこで森さんは、ハイデガーの現存在分析に精神科医エリクソンの「世代出産性(generativity)」の概念を取り入れ、「終わりを先取しつつ始まりへと関わるあり方」とする。人間は大人になり、成熟すると、子どもや後継者を生み、育て、そうして自分が受け継いだ世代を、次の世代へと受け渡していく。その成長と成熟のあり方から、死への先駆、配慮、被投性、時間性、歴史性、共同性という、『存在と時間』でおなじみの論点が独自の観点から再考される。そしてアーレント哲学の出生性、教育論が語られ、今日の日本の教育改革について批判がなされる。

また世代の継承とは、「物」を作り、使い、守ること、そうして続けられてきたものを受け継ぎ、受け渡すことでもある。ここにも物を生み出す「始まり」と失ったり壊したりする「終わり」があり、人間とは、そうした物の始まりと終わりにも関わる存在でもある。こうして森さんは、人間と物が織りなす世界内存在の存在論、その時間性と歴史性を論じるのである。

ただしこれは、たんなる理論的考察にとどまらない。森さんが「世代」というテーマに取り組む機縁となった出来事が二つある。一つは、彼自身が深くコミットした前任校・東京女子大学の旧体育館の解体問題、もう一つが福島の原発事故である。

一見無関係に見えるこの二つは、非常に対照的な仕方で論じられる。旧体育館は受け継ぐべきものが失われる悲劇、原発事故は受け継ぐべきでないものを負わされる悲劇である。森さんの世代についての思索は、この二つの、やや特殊な事件をとおして突き動かされ、鍛え上げられている。

ここから彼の議論は、伝統や景観の保存、テクノロジーや政治について私たちが広く今日の問題を考える視角を与えてくれる。しかも、「日々是哲学」と言うように、森さんの世代に関する分析は、衣服の洗濯、ごみ処理といった、まさしく日々私たちが当たり前のように行っている仕事、あるいは草取り、落ち葉拾い、大掃除、田植えといった季節ごとの労働にも向けられる。しかもそれは、たんに無害な中立的な日常性の分析ではなく、同時に近代批判にもなっている。

この本を読む私たちは、自分たちの生活を振り返り、考え直すよう促され、励まされ、諭される。思想を生かすには、その人自身が思想を生きなければならない――そう思わせてくれる一冊である。
この記事の中でご紹介した本
世代問題の再燃 ハイデガー、アーレントとともに哲学する/明石書店
世代問題の再燃 ハイデガー、アーレントとともに哲学する
著 者:森 一郎
出版社:明石書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月13日 新聞掲載(第3235号)
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