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2018年4月14日

日本絶望工場 
「蟹工船」がここにも稼働している

光点
著 者:山岡 ミヤ
出版社:集英社
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光点(山岡 ミヤ)集英社
光点
山岡 ミヤ
集英社
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岩手を舞台にした昨年の芥川賞作品・沼田真佑「影裏」は、社会の片隅で息を殺し、影をひそめて生きる人々に焦点をあてていた。東京でこそかろうじて謳歌できるゲイカルチャーも、地方では容易ではない。差別を警戒し、人目を避けて「森」に紛れ込むしかない。地域からも、共同体からも、会社組織からも、家族という絆からも、「常識」という名の規範からもこぼれ落ち、排除された独身者、性的マイノリティ、ハケン、パート、貧者、独居老人が、まるで沼の底にじっと生息している、餌の食いつきが悪い「うぐい」のように息を殺して生きている姿が、そこではとらえられていた。

山岡ミヤ「光点」も構図が似ている。電車も通っていない地方の閉塞した企業城下町を舞台に、そこで息を殺し、目立たないように、人目につかないように、身を隠し、声をひそめて、じっと耐えている人々の息づかいに焦点をあてている。ここでは、神社の森の奥にひろがる「秘所」が、岩手の「森」に代わって、人目を避け、世界を遮断するアジールの役目を果たしている。

一九歳の実以子は中学を卒業後、母と同じ工業団地の弁当工場でパートとして働きはじめ、もう四年になる。というより、そもそも、この町には工業団地以外に働く場所がない。そこで結婚相手を見つけ、子どもを産み育て、地元の学校に通わせ、成長したらまた親と同じように工場で働く。その繰り返し。ベルトコンベアの工場から漂ってくる鶏唐揚げの得体のしれない臭いが町中に充満している。実以子の身体には、洗っても洗って取れない、工場で扱う総菜の臭いがこびりついている。「きょうは工場でなに詰めたのよ。どうでもいいけどくさいのよ」「音もにおいもまったくいつも、自分勝手なのよ」。精神を病み、過食症で肥満の母は、進学も結婚もせず工場に黙々と通い続ける娘に悪態を浴びせつづける。そんな母と娘から目をそらし、無関心を装う父は、外で恋人をつくり好き勝手にしている。参拝者もまれな町はずれにある八つ山神社は、実以子にとって、息苦しい現実を遮断し、身をひそめ隠れることができる唯一の場所であった。そこで彼女は、溺愛していた妹を亡くしたことで自分を責め続ける二二歳の青年カムトと出会い、森のアジールに誘われる。

ここでは、彼らの感情、生の実感、好奇心や感動を日々奪い取っていく「労働」の恐怖と、「工場」の無気味な生態が、生々しくとらえられている。工業団地の巨大な冷凍庫で終日働くカムトは、このまま冷凍庫に閉じこめられ、出てこれなくなるのでないかという不安と恐怖に苛まれる。慣れなければ生きていけない。しかし、これだけはどうしても慣れることができない、とカムトは実以子に訴える。

「慣れなきゃ働けないんだ。みんなからだを壊して辞めてくんだから。冷凍庫のなかにはいってるとさ、いつかこのままからだが動かなくなるんじゃないかって、血の流れがとまってしまうというか、神経がとまる日が迫ってきてるって思う。どんどんすり減って、神経の一部のかすが凍結したままになってる気がしてきて、そしたらよけいにからだが冷えてくる」

からだのしびれを診察した医者は、カルテから眼を逸らさないまま、しびれくらいで人は死なない、気のせいだ、とカムトに言い放つ。思考も感覚も麻痺させ、奪いとり、廃棄せよと迫る巨大な「冷凍庫」に、この町は閉じこめられている。「蟹工船」という名の絶望工場が、ここにも稼働している。
この記事の中でご紹介した本
光点/集英社
光点
著 者:山岡 ミヤ
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月13日 新聞掲載(第3235号)
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