時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ 枡野浩一『ますの。』(1999)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2016年9月30日

時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ 枡野浩一『ますの。』(1999)

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この歌の発表当時、殺人罪にはまだ十五年の公訴時効期間が定められていた。今まさに人を絞め殺そうとしていて、自分が殺人罪の被告となることをリアルタイムで意識しているという歌なのである。もちろん作者は実際に殺人罪で逮捕されたりなどはしていないのでフィクションの殺人行為を詠んでいるわけだが、このような臨場感のある犯罪短歌はかなり珍しいといえるだろう。行為中の異様なまでの冷静さが、指に力を込めて首を絞めている身体感覚をむしろ再現させてくれるかのようだ。実際に経験したことがある人はほとんどいないにもかかわらず、ここには何かのリアルが表現されていると、どういうわけか感じてしまうのである。

歌集ではこの次に〈強姦をする側にいて立っている自分をいかに否定しようか〉という歌が続く。このあたりから作者が犯罪をテーマにした目的が見えてくる。たとえ普段は意識していなくてもいざその気になれば「男」である自分は力に任せて「女」を殺したり犯したりできることを、逃れようもない暴力性が我が身には潜伏しているのだということを、強く訴えたかったからなのだろう。男性の側から訴える男性性への恐怖と絶望という感覚は、それまでの短歌から抜け落ちていた部分かもしれない。

犯罪を「非日常」と捉えて切り捨てたりせず、「自分が男である限り、いつ加害者になるかわからない」と想像をめぐらす。露悪的どころか、きわめて誠実な態度だと思う。
2016年9月30日 新聞掲載(第3158号)
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