時田則雄『北方論』(1982) 牛糞のこびりつきたるてのひらを洗へば北を指す生命線|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2018年5月15日

牛糞のこびりつきたるてのひらを洗へば北を指す生命線
時田則雄『北方論』(1982)

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北海道は十勝で農家を経営しながら短歌を詠み続ける歌人の作品である。同じ歌集には「五百トン牛糞買ひぬ作付図D地六町歩ビートを植ゑむ」なんて歌も入っている。肥料に使うために大量の牛糞を購入し、牛糞をてのひらにこびりつかせながら全身で働く。牛糞は生活の糧を得るための立派な道具のひとつであり、汚いなどと言ってはいられない。作者は農家の仕事に誇りを持っており、農家の生活のありのままを記録するために、あえて牛糞のこびりついたてのひらを洗う歌などを提示してみせるのである。いささかポーズがかっているともいえるが、「上品さ」や「優雅さ」などというものの欺瞞を衝く強烈なエネルギーがここにある。

格好良くて、上品で、優美なものとしてもてはやされるのは、いつの世も消費者だけだ。生産者はいつだって泥くさい。しかしその泥くささに誇りを持ち、その生命を賭している姿は、ときに誰よりも格好良いことがある。軟弱な都会っ子はしっぽを巻いて退散するしかない、すさまじい気迫のこもった歌である。

この気迫を演出するには、「牛糞」というアイテムが絶対に必要であるといえるだろう。一般社会では無価値な汚物と嫌われるものをわざわざ大金で買い、そこに手を突っ込む世界がある。その現実を突き付けようという態度がこの気迫につながっている。「普通の社会」の価値観とは異なる価値観を提示してみせるのは、現代短歌の得意とするところである。(やまだ・わたる=歌人)
2018年5月11日 新聞掲載(第3238号)
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