トナカイがオーバーヒート起こすまで空を滑ろう盗んだ橇で 穂村弘『ドライ ドライ アイス』(1992)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2016年10月7日

トナカイがオーバーヒート起こすまで空を滑ろう盗んだ橇で 穂村弘『ドライ ドライ アイス』(1992)

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クリスマスを題材とした「聖夜」という連作の中の一首。キリスト教的なモチーフ(例えば牧師やシスターなど)を「権威」の象徴として扱い、それを徹底的に貶めるというパターンの歌がこの作者にはよくみられる。世界から爪弾きにされた二人が、「聖」の象徴であるサンタクロースを襲撃し、橇を略奪して夜空へと駆け抜けてゆく。孤独で弱い存在たちの精一杯の復讐であり、その後はひたすら破滅してゆく道しか残されていない美しい暴走である。

英雄にはなれない、ハッピーエンドなんて望めない、しかし今ここにある二人の世界を刹那的に輝かせたい。そういう思いが「橇を盗む」という行為になって結実しており、どことなく映画『俺たちに明日はない』を思わせる。この歌が収められた歌集が出る半年前には、「盗んだバイクで走り出す」と歌った尾崎豊が26歳で亡くなっている。アメリカン・ニューシネマにも通じる美学を現代短歌の風景に導入した穂村弘は、90年代初頭に起こった「ニューウェーブ短歌」のムーブメントの旗手となった。

90年代以降一貫して歌壇の重要人物だった穂村弘だが、作品が文壇全体にまで広まるようになったのはそれから10年ほど後の00年代以降である。美しい破壊衝動と無力感に満ちた短歌が、長い不況の先にどうしようもない虚無感に包まれた世代を強く揺さぶったのだろう。自己破壊衝動としての犯罪行為がきらきらした情熱に変わり、奇跡のスパークを起こした一首である。
2016年10月7日 新聞掲載(第3159号)
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