「内なる優生思想」に向き合う ――相模原殺傷事件をめぐって――|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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論潮
2016年10月7日

「内なる優生思想」に向き合う ――相模原殺傷事件をめぐって――

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七月二六日未明、神奈川県相模原市「津久井やまゆり園」で一九人の命を奪う障害者殺傷事件が起きた。

まず確認しておきたいのは、この犯行が直接の被害者を越え、多くの人たちの生活を変える出来事であったことだ。たとえば、脳性麻痺の障害をもつ熊谷晋一郎は事件後の変化をこう語る。「いつもの通勤ルートが、急によそよそしい場所に変わってしまった気がした。朝、たくさんの人が職場や学校へ向かう新宿への道を、車椅子でかいくぐって進む。混んでいる電車に乗り降りする。そういうときに舌打ちをされたり、睨まれたりすることは時々あります。ふだんなら、少しダメージはあるにしても『これは権利だ』と簡単に振り払えた。でも事件のあと、〔…〕急に襲われたりしないだろうかという想像が頭をよぎったり、舌打ちされて思いのほか怯んでいる自分がいる。大袈裟に言えば社会に対する信頼がショクまれた、あるいは信頼の底が抜けるという経験でした」(「『語り』に耳を傾けて――分岐点を前に」『世界』一〇月号)。事件が、そして事件をめぐって流れる言葉が、いまも多くの人を傷つけていることを確認しておきたい。

マスメディアは、容疑者の異常さを強調し、事件を特殊なものと解釈してきた。だが、そのような理解は間違っているとの指摘は多い。たとえば、神経筋疾患ネットワークは「彼〔容疑者〕の言う『障害者はいなくなれば良い』という思想は、今の社会で、想像もできない荒唐無稽なものになり得ているでしょうか」と問うた上でこう指摘する。「胎児に障害があるとわかったら中絶を選ぶ率が90パーセントを超える社会です。障害があることが理由で、学校や会社やお店や公共交通機関など、至る場所で存在することを拒まれる社会です。重度の障害をもてば、尊厳を持って生きることは許されず、尊厳を持って死ぬことだけを許可する法律が作られようとしている社会です」(「相模原市障害者殺傷事件への声明文」七月二九日)。障害者を差別し、殺すことを容認するような考え方は決して特殊なものではなく、社会のなかで受容されてきたのだ。

たとえば、私たちは「迷惑をかけないこと」、「健康であること」、「社会に役に立つこと」を規範として受け入れ生きている。また、資本主義のなかで、「生産能力や競争力のある人間こそ優れている」と考え働いてしまう。これらの価値観が「障害者を二級市民として扱う」(船橋裕晶「精神障害者の立場からみた相模原障害者殺傷事件」『現代思想』一〇月)ことにつながっているとの指摘に反論するのは難しい。地域や学校、家庭、職場のなかで、人間を、価値がある/ない、役に立つ/立たないという基準でふりわけてしまう。この日常と地続きのところに今回の事件はある。私たち自身が、直接・間接に障害者の生を排除してきた。事件を生み出した要因の一つは、私たち一人一人の「内なる優生思想」(立岩真也「0726殺傷事件後に」共同通信社八月二日配信、http://www.arsvi.com/ts/20160028.htm)であったのだ。

この事件の現場となった障害者施設という場についても考えるべきことがたくさんあるのだと気づく。日本では学校教育を通じて私たちは健常者と障害者に分けられ、地域では障害者は施設へと入り/入れられ不可視化されてきた。施設のなかでは障害者と施設職員とのあいだに権力関係は生まれやすく、空間が閉鎖されていることもあり、虐待などの暴力が起こることも多い。しかも、その暴力は障害者のためとされ、ときに正当化されるのも現実だ。もちろんこれが施設のすべてではない。けれども、施設のそのような一面は、障害者と健常者との分類と分断を構造化してきた。そして、社会の構成員の多くを加害者に、障害者を被害者に変えていく。その構造的機能は、障害者を殺すことの要因になりえてきただろう。

だから、なぜ、このような事件が起きたのかと問うことは、なぜ、障害者は地域社会で生き続けることができなかったのかを問うことでもある。歴史をふりかえれば、障害者自身はこの問いをずっと提起しつづけてきた。そして、「施設から出せ」、「地域で自立した生活を営む権利を保障せよ」と要求してきたのである。なお、有薗真代は、脱施設の取り組みが、当事者の意図と離れた形で、ネオリベラリズムのもとでの福祉予算カットの政策に回収されかねないとの重要な指摘をしている(「施設で生きるということ――施設生活者の戦後史からみえるもの」『世界』一〇月号)。

介護コーディネーターである渡邊琢はこう述べた。「事件そのものは犯人が起こしたものだが、重度障害者が地域社会でなく施設でしか生きることができない社会をつくってきたのは、わたしたち一人ひとりである。/厳しい言葉でいえば、今まで見捨てておいて、今さら追悼するのは遅いのではないか。/なぜ、亡くなる前にわたしたちはかれらとつながることができなかったのか。/なぜ、施設に入る前に、地域で生き続けることを支援することができなかったのか。/今、成人の知的障害者の5人に一人は、入所施設に入っている。実数でいえば11万人。/真の意味での追悼は、社会的に忘却されている方々とつながりをつくるところからはじまるのではないだろうか」(「『津久井やまゆり園』で亡くなった方たちを追悼する集会」へのメッセージ http://touken.org/20160806tsuitosyukai/messagejp1/)。

この事件に向き合うということは、障害者と「つながり」をつくることだ。それには何が必要だろう。「つながる」とはどういうことなのだろう。

渡邉は障害者の自立生活運動の歴史を参照している。その運動のなかで、障害者による地域での生活の要求、支援団体や介助者の存在、二四時間介護保障の確立、制度化をのんだ行政などの努力と取り組みの結果として、いま、重度障害のある人も施設ではなく地域で暮らすことが増えてきたという(「障害者地域自立生活支援の現場から思うこと――あたりまえの尊厳とつながりが奪われないために」『現代思想』一〇月号)。自立生活運動は障害者をめぐる人びとのつながりをつくり、変えていった。いま、その運動史から学び、その成果を再確認し、守り、広げていくことが必要である。

だが、障害者と「つながる」という営みは、私たちの生を根本的に変えるだろう。生産性を高めること、活躍すること、成長すること、役に立つこと……オリンピックやパラリンピックをみるまでもなく、そのイデオロギーは社会の隅々に行き渡っている。このレースから脱落すれば、自らの存在を否定されるようにみえる。私はこの事件の報道を、米軍ヘリパッド建設が問答無用の暴力で進められている沖縄県東村高江で触れた。高江での叫び声と相模原での出来事とがどこかで交差した。高江には国家安全保障のために「役に立たつ」ことを強調されながら、暮らしと生存を否定されてきた住民がいる。それをはね返そうとする営みも続く。この「戦場」のような世界で、心身を病む人、自死・自殺へと追い詰められる人など、傷つく人はあふれている。傷つき、生きることの困難に直面しているのは――その程度には大きな差があるのは百も承知だが――障害者だけではなく、この社会に生きる一人一人でもあるだろう。ある人を他者化し分断できるということは、自らの傷への繊細な感度を摩耗させていくことでもある。そこには「人間が呼吸する空間がない」(棚谷直巳・岡本晃明「ほっとする場所」『現代思想』九月号)。私たちは別の空間と社会を切実に求めている。

「内なる優生思想」を壊し、障害者との「つながり」をつくるということは、一人一人が自らに向かっている暴力への感度を磨いていくことでもあると思う。その営みを、自らの傷を基点としながら、始め、続けたい。

2016年10月7日 新聞掲載(第3159号)
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