彼が表で僕が裏方、表裏一体だった インタビュー 矢崎泰久氏 『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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2016年10月7日

彼が表で僕が裏方、表裏一体だった
インタビュー 矢崎泰久氏 『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』

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永六輔さんが、七月七日の七夕に逝って三ヵ月。八月に刊行された『永六輔の伝言僕が愛した「芸と反骨」』(集英社)は、永さんが出会った素敵な有名人たちの思い出話を、盟友・矢崎泰久さんが五年がかりで、永さんの一人語りの形にまとめたもの(現在三刷)。半世紀以上の長きにわたり永さんに伴走してきた、元『話の特集』編集長の矢崎泰久さんに、本書と二人の交流についてお話を伺った。 (編集部)

永さんは、好奇心がとても強い人で、言葉というものを大事にする人でした。ただ長い文章が書けなくて、短い文章しか書けない。どうしてかというと、せっかちなんです、人間が。性格の問題でもあるんですけど、次の文章、次のテーマがすぐ浮かんじゃう。もうひとつの大きな理由はスタートがコント作家だった。コントっていうのは昨日聞いた言葉で短い文章を作らなきゃならない。その訓練をトリローグループで何年もやった。出発点がコント作家であることが、彼の基礎を形作った。 

「話の特集」で彼は長編小説やドキュメンタリーに挑戦するんだけど、なかなかうまくいかない。だから「芸人 その世界」に辿り着いたときには、ようやく二人とも合点がいったんですが、彼の方からこの連載はあまり長く続けたくないと言う。というのは、人の褌で相撲を取ってる、自分の言葉じゃないっていう意識がどこかにあったんですね。二六年間連載した「無名人語録」は、「週刊金曜日」に引き継がれ、全部で四五年間の連載記録を樹立しました。そこから、大ベストセラーとなった『大往生』(岩波書店)をはじめ、たくさんの著書が誕生した。永さんの長い修練の中でそういうものが生まれてきたわけです。

「話の特集」が主催した、尺貫法復活の市民運動「六輔七転八倒九百円」では、永さんと社員が二人旅でカンパを集めながら全国行脚しました。永さんは自費で曲尺鯨尺を作って売り歩いた、違法な行商をやったわけです。それを一〇年やって、国が尺貫法をついに認めた。市民運動は随分やったけれど、勝った市民運動って無いに等しい、でも尺貫法は勝ったわけです。

永六輔の伝言(矢崎 泰久)集英社
永六輔の伝言
矢崎 泰久
集英社
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民俗学者の宮本常一さんは永さんの「旅の師匠」でしたが、この本に出てくるような、いろんな人に教わったことで永さんが大事にしていたことはたくさんありました。

小沢昭一さんと永さんというのは、芸能にものすごく造詣が深い人でもあった。小沢さんの芸能の捉え方っていうのは大道芸とか河原乞食という芸能の世界の生い立ちみたいなものが非常に大事で、世界中の芸能に通じていらした。永さんは、古典芸能と新しい時代の人たちにも繋げようと開拓した世界に位置していた。この二人がいれば日本の芸能史はほとんど埋まると思うくらい知ってましたね。小沢さんはやっぱり芸人なんですけど、永さんは芸人ではないわけ。だから表れ方も違う。

永さんとは「遠くへ行きたい」(日本テレビ)という旅番組をやったり、中山千夏さんを校長にして「学校ごっこ」という学校を作ったりしてね。そういう運動をやるためにはお金がかかる。その意味では割り切ってやろうと、永さんは浅田飴のCMを二六年やった。その中で、沖縄では米軍基地反対運動の映像を使ったりして、もちろん大騒ぎになって、ほんの短い間しか放送されなかったけれど、永さんと僕とで悪だくみならぬ良いたくらみをして(笑)、いろいろ一緒にやって随分行動を共にしたわけです。よく喧嘩しなかったなと思うけど、僕にはもともと編集者で裏っていう気持ちがあった。彼が表で僕が裏方。表裏一体でいろいろやりましたね。

永さんの反骨精神は徹底していて、文化勲章を断ったときも永さんは僕に電話してきて、何て言って断ったんだと聞いたら、「天皇制に反対です」と答えたと。ところが永さんが家に帰ったら、奥さんの昌子さんに「文化勲章なら貰ったって良かったじゃない」と言われた。永さんはびっくりして、「そんなこと出来るわけないだろう、文化勲章貰ったら矢崎さんに殴られちゃう」と答えたらしい(笑)。昌子さんが「矢崎さんに殴られたら痛いからね。断って当然か」と笑って終わりになった、という話を永さんが亡くなってから聞いたんです。

ひと騒ぎは終わりましたけど、永さんが亡くなって、僕は僕ですごい衝撃を受けました。こんなに落ち込むとは思わなかったけど、落ち込んだことは事実でね。NHKなんか普段は僕を絶対生放送で使わないんだけど、今回は生放送だけでも三本くらい、ラジオでは三〇分ずっと永さんの話をしました。僕は何を言い出すかわからない危険人物だと思われてる上に、いつも永さんが「矢崎さんは狂犬ジャーナリストだ」とか、そういうことを言い触れまわってましたから(笑)。永さんの話って簡単には終わらない、あんまりいろいろあったからね。 
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2016年10月7日 新聞掲載(第3159号)
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