LSD効いてきたらしいじわじわと床から壁にのびてゆく影 加藤治郎『サニー・サイド・アップ』(1987)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね 第57回
2016年10月14日

LSD効いてきたらしいじわじわと床から壁にのびてゆく影 加藤治郎『サニー・サイド・アップ』(1987)

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フィクションの犯罪を詠むというのが受け入れられにくい短歌というジャンルではあっても、実在の事件に取材をしたり、実在の犯罪者になり代わって詠むというケースは珍しいものではない。そういう設定だという説明が前もってなされ、読者との共通理解となるからだろう。加藤治郎のこの歌は「チャップマン」というタイトルの連作短歌の中の一首。ジョン・レノン殺害犯として知られるマーク・チャップマンを主人公に据え、その視点から詠んでいる。この歌の一つ前には〈あたたかき銃のなお手にのこりいて胎児のごとく屈(かが)まるきみは〉という歌が並んでいるが、この「胎児のごとく屈まるきみ」とはもちろん、凶弾を受けたジョン・レノンのことだ。

連作全体が鮮やかな色彩感覚に彩られるが、これは明らかにLSDで見ている幻覚の描写だ。そしてチャップマンは自分こそが本当のジョン・レノンだと思い込み、偽物を消し去るべく銃をとったというストーリーが内包される。ドラッグでハイになったために凶行に走ったという解釈なのだ。満たされない気持ちを鎮めるための暴力衝動というテーマで犯罪を扱うのではなく、ドラッグ・カルチャーを現代短歌に導入することを狙った点で「チャップマン」は先駆的な実験作である。自己と他者の境界を崩壊させるドラッグを前に、〈私〉の絶対性を疑わない近代短歌の方法論は、どう向き合うべきなのか。そんな問いかけの込められた作品である。
2016年10月14日 新聞掲載(第3160号)
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