萌木の村」代表取締役社長・舩木上次さん (上)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. コラム
  3. あの人に会いたい
  4. 萌木の村」代表取締役社長・舩木上次さん (上)・・・
あの人に会いたい
2016年10月21日

萌木の村」代表取締役社長・舩木上次さん (上)

このエントリーをはてなブックマークに追加
山梨県・清里「萌木の村」で十月二十二日、二十三日に開催される“私のカントリーフェスタ〓清里”。今年で十六回を数えるが、「萌木の村」の代表、舩木上次さんとの出会いがなかったら、このイベントは存在していなかっただろう。標高一二〇〇メートル、一〇〇〇坪の敷地内にホテル、オルゴールミュージアム、地ビールレストラン、その他特徴のある施設を次々に作り、野外でのクラシックバレエ公演まで行う。八ヶ岳と富士山を臨む環境の中で、この清里をもっともっと良くしたいと言い続けてきた舩木さんに会いに、清里・萌木の村に降り立った。

舩木 上次さん
舩木上次さんと出会って二十五年。「萌木の村」は私にとって、言葉では言い表せないほどの感動や喜びを知る特別な場所となり、年月を重ねるほどにその思いは強くなっていた。

今年の夏、それは八月八日未明の出来事だった。「萌木の村」の中でも最も人々が訪れる場所の一つ、地ビールで有名なレストラン「ロック」全焼のニュースが飛び込んできた。一八○席を有し、週末は朝から行列ができるほどの人気の店で、私も七○回以上ここでビールを飲み、名物のカレーを食べ、思い出を作ってきた。

カントリーフェスタにあわせ「あの人に会いたい」で舩木さんを取材しようと思っていたが、それどころではないかもしれない。迷いながら舩木さんに電話をすると明るい声で「ぜひ、取材して!」。九月二十三日、雨の中でもロック再建に向けて大忙しの舩木さんに会いにでかけた。

    *

私が初めて萌木の村を訪ねたのは、一九九一年十月のこと。創刊号を出した直後で、「『私のカントリー』にぴったりの場所があるから」とある方に連れられて出かけた。清里や清泉寮のことは知っていたが、「萌木の村」の予備知識はゼロ。こじんまりとした「ホテルハット・ウォールデン」は、暖炉の火に包まれてずっと滞在していたくなる、落ち着いた佇まいの場所だった。早速次号の巻頭ページの撮影をこのホテルで、とお願いした。「クラインガルデン(市民農園)」での庭造りも、萌木の村のスペースを借り、八年間にわたって編集スタッフ自らが花や野菜作りを経験した。
多くの人で賑わう「私のカントリーフェスタin清里」(写真・小林雅之)
そして今から十六年前、創刊十周年の記念イベントとして、『私のカントリー』の読者と一緒に楽しめる場づくりができないか、と舩木さんに相談した。

「やってみようよ!」「なんとかなるよ」。やらないで後悔するより、やって失敗したほうがいいと考える私を、舩木さんはいつも後押ししてくれた。二〇〇〇年に開催した「私のカントリーフェスタ〓清里」は全くの怖いもの知らずで、何のノウハウも持たずにただ一回のつもりではじめた。金曜日に設営し、土、日の二日間の開催だったが本当にお客さまが来てくれるのか、眠れない夜を過ごしたことを覚えている。

朝、ホテルのカーテンをそっと開けると、まだ六時前だというのに各ブースの前に長蛇の列ができている。来場者数は二万人。以来このイベントは読者にとっても編集部にとっても欠かすことのできないものとなっていく。

屋外でのイベントはリスクも高いが、それも承知の上でこの場所にこだわり続けた。これだけの自然環境、東京からの地の利も悪くない。何よりも家族が一日いても楽しめるカントリー雑貨や家具、ステージ上でのお楽しみイベントや販売、ワークショップの数々。舩木さんをリーダーに、萌木の村の皆さんが惜しみなく全力で支えてくれる。この信頼感はどうやって出来上がってきたのだろう。

「江原さん、俺はね、ポール・ラッシュ先生の一番輝いていたころに、先生のそばにいることができたんだ。親父やおふくろより、もしかしたらポール先生の存在のほうが強いかもしれないと思っている」

ポール・ラッシュ博士は清里開拓の父として知られている。“最善を尽くせ、しかも一流であれ”というポール先生の言葉を、舩木少年は何度も何度も聞いて育ったのだろう。

ロックを作って四十四年、やりたいことは全部やってきたという舩木さん。そんなときに遭遇したロックが全焼するという思いがけない事態に、「これを乗り越えた時のことを考えると、なんだかワクワクしてくるんだよ」。全国から応援のメッセージや寄付金が届き、「どうやってお返ししたらいいか」戸惑うほどだという。十月のカントリーフェスタでたくさんの人に声をかけられ、きっとますますパワーアップするに違いない。舩木少年が見ていたポール・ラッシュ博士のこと、そして六十七歳になった舩木さんがこれからどんなことを考えているのか、次号に譲る。
2016年10月21日 新聞掲載(第3161号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
江原 礼子 氏の関連記事
舩木 上次 氏の関連記事