盗癖の子の手をとれば小さくてあつたかいのでございます 鳥海昭子『花いちもんめ』(1984)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2016年10月28日

盗癖の子の手をとれば小さくてあつたかいのでございます 鳥海昭子『花いちもんめ』(1984)

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作者は苦学の末に大学を卒業した後に児童養護施設に勤務し、身寄りのない子どもたちの継母となって生涯を過ごしたというプロフィールの持ち主である。養護施設には、当初は洗濯婦として入ったのだそうだ。施設を舞台としたエッセイも数冊執筆している。さまざまな背景を抱えた養護施設の子どもたちの中には、盗癖を持った子だっていた。しかしそんな子も決して見捨てず、しっかりと手をとってそのぬくもりを確かめる。盗癖があるくらいでもう終わった人生ではない。まだまだこの子はやり直して、生きてゆくことができる。犯罪というモチーフを扱っていても、これほどまでにヒューマニスティックな短歌を生み出せる可能性があったことに驚く。いろいろな子どもたちの面倒を見てきた、実体験の重みに裏打ちされている。

掲出歌は、結句が五音の字足らずという破調になっている。これは普通なら、短歌のしらべを壊す素人くさいミスとして嫌われがちだ。真っ先に添削の対象となるだろう。しかしこの歌の場合は都々逸に接近した腰砕けなリズムが、口語とあいまってまるで魂の叫びのようになっている。定型に直そうとしてもうまく直せないパワーがある。「ございます」の後には、言葉にならない二拍の絶句が隠れているのだ。作者は戦後口語短歌の孤高として知られる放浪の歌人・山崎方代と交流があったようで、彼の口語のテクニックを取り入れてみたのがこの歌なのだろう。
2016年10月28日 新聞掲載(第3162号)
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