占領後の自分たちの「遊び場」のことまで考えて、爆撃を行なった|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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編集室から
2016年10月28日

占領後の自分たちの「遊び場」のことまで考えて、爆撃を行なった

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昨日、山の上ホテルにて「文藝賞」の授賞式があったので、東西線九段下の駅から歩いて向かうことにした。神保町の交差点から駿河台下まで、古書店街を右に眺めながら、やはり、よくぞこの一角だけが焼け残ったものだと、感慨にふける。巖松堂はこの辺りにあったのかなと想像しながら、往時を偲ぶ。山の上ホテルも戦災を免れた建物のひとつである。逢坂剛さんの発言にあるように、元々は「佐藤生活館」という文化施設だった。それをGHQが接収する。米軍は、占領後の自分たちの「遊び場」のことまで考えて、爆撃を行なった。そのことを今回の対談で初めて知ったのだった。「そんな国には勝てるわけがない」。映画の中に、終戦後間もない東京の風景写真が出てくる。焼け野原ではあるが、いくつか大きな建物が残っている。それらが接収され利用されたのだろう。最近、ICUの本館が取り壊されるという噂が流れている。戦中は、中島飛行機の研究所だった。近辺は空襲を受けているが、ここだけは被害を受けなかったのだろう。耐震の問題もあるだろうが、歴史的遺産として是非このままの形で残してもらいたいと思うのだった。 (A)
2016年10月28日 新聞掲載(第3162号)
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