日本モダニズムの未帰還状態 / 矢野 静明(書肆山田)現代詩の地層に埋まっている未解決の問題を喝破|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2016年10月28日

現代詩の地層に埋まっている未解決の問題を喝破

日本モダニズムの未帰還状態
出版社:書肆山田
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現代詩の世界は、大きく様変わりをした。ラディカルな言語表現の代名詞だった現代詩も、往時を代表する同人詩誌「凶区」の創刊が一九六四年だったことを思うに、はや半世紀、なるほどゼロ年代詩人と呼称される、二十一世紀になってデビューした詩人が詩壇の前景を占めだしたのも、時の流れの結果だろう。老若の詩人たちが、それぞれのスタイルで自分の持ち場に収まっている、それが現状である。

だが矢野静明は、安定期に入ったかに見える現代詩の地層に、まるで不発弾のように未解決の問題が埋まっている、と喝破する。本書のタイトルが、その問題意識を端的に語っているはずだ。リオタールの『ポストモダンの条件』の刊行が一九七九年、ポストモダンという言葉が跋扈し定着してすでに久しいが、モダニズムの問題自体が解消されていないのではないか。「未帰還状態」とはそれを指している。

北園克衛や安西冬衛、村野四郎らモダニズム詩人たちは、戦時中には露骨な戦争翼賛詩を書いた。それらが日本のモダニズム詩の脆弱さの証左として指弾されたのは周知の通りだ。彼らのなかで、北園と瀧口修造のふたりが「郷土詩」について論じている。普遍性と非人称性を詩的言語の極北に目指したはずのモダニズムが、戦時下の「時局」の圧力によって「郷土」を理念とした、という問題を、矢野は戦争協力批判の文脈を超えた次元から、粘り強い思考の対象としたのである。

北園の場合はどうだったか。矢野はこう述べる。「モダニズム詩から郷土詩への移行に対していささかの躊躇いもみせていない。むしろ郷土詩的立場からモダニズム詩の失効を宣言する詩論として書かれていて、あまりの屈託の無さに少し驚かされる。」そして北園は、敗戦後はまた戦前のモダニズムにあっけらかんと戻っているわけだ。さすがにこの点は矢野も「内省を欠落させた変質過程」だと述べて批判した。だが厄介な問題は、ここにある。北園にとっては「戦後も継続されなければならない未踏の詩学」だったのがモダニズムに他ならない。「日本のモダニズム」を考える場合、最も純粋な体現者はこの北園克衛といえるのだろう。

同じく郷土詩を論じた瀧口の場合はどうなのか。瀧口は確かに、「郷土は実に地域的な距離を超えた魂の母胎であるといふ意味で、滅却し得ない象徴として厳存し」と書きつけている。だが矢野は、この論稿を「郷土と異国とを、求心力と遠心力の平衡関係として捉える理解の仕方」であるとして評価する。シュルレアリスムが「郷土」に導入されたなら「そこで発生する亀裂と歪みは自明であり、相反する方向への運動は不可避」なのだから、「どちらか一方の選択、一方の消去で解決可能な問題ではなく、その発生する裂け目こそが、思想の生きる場所でもある」はずだ。だが戦後の瀧口はいわばシュルレアリスムの純化を推進させるだけで、郷土詩論の問題は棚上げにしたままだ。ここにもやはり、「日本モダニズムの未帰還状態」を指摘できる、というのである。

ふたりの郷土詩論を考察するについては、戦後は一貫してモダニズム批判を持続した鮎川信夫や、「日本語による近代詩を探し求めない」西脇順三郎の言説も比較参照しながら論述を進めるわけであって、目配りの広さは随所に感じられよう。また議論を狭苦しい詩論の領域にだけ閉じ込めないようにと、政治学者の丸山眞男や、中国文学が専門の思想家・竹内好の思考を援用するところも信頼を置くに足る。矢野の文体は、きわめて合理的で関連データの細かな理解を前提にして明解である。論の運びの説得力はそこに由来しよう。

最後のほうの章では、画家の瑛九と靉光をめぐる論稿や、ジル・ドゥルーズの『感覚の論理』のなかの色彩論についての考察が収められるが、本業が画家である矢野にとっては、こちらのほうが専門領域ともいえる。だがそれらも、「モダニズムとはなにか」という問題意識の点では、モダニズム詩の考察と地盤を共有するはずだ。

ポストポストモダンとも称される現在の思想界に、本書の投じた問いかけは、決して小さいものではないと思う。見逃されるべきではないだろう。
この記事の中でご紹介した本
日本モダニズムの未帰還状態/書肆山田
日本モダニズムの未帰還状態
著 者:矢野 静明
出版社:書肆山田
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2016年10月28日 新聞掲載(第3162号)
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