【横尾 忠則】そして誰もいなくなった… ホームレス猫の「恩返し」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの向こう側 第264回
2016年11月4日

そして誰もいなくなった… ホームレス猫の「恩返し」

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国立新美術館で山田洋次さん、南雄介さんと(撮影・横尾英)

2016.10.24
 中西夏之さん死去。高松次郎、赤瀬川原平、そして誰もいなくなったハイレッドセンター。同世代の美術家で残る者の方が少なくなった。死は映画や小説の架空のものと思っていたが、現実が架空のものに吸収されてきた。

例のホームレス猫のことだけど、消えてからもう一ヶ月近くになる。いつも夕食時にキッチンの妻の足元にキチンと座って夕食を待っていたが、ある時、ぼくの顔を見るなりひょいと半回転して出て行って以来こなくなってしまったが、この少し前辺りからぼくの体調が回復してきた。

猫は家の主人の体調に敏感に反応し、時には癒しの存在になるという。妻が肉をたっぷり与えて悪い眼が治ったので「鶴の恩返し」をしてくれたのかも知れない。猫と人間の愛の物語。都市伝説ではございません。
2016.10.25
 よく夢に出てくる三軒の書店。其ノ一、西脇の後藤書店(店主は元成城駅前の書店)、其ノ二、成城通りと世田谷通の交差した所にある非実在の書店(店主は現きぬた古書店)、其ノ三は新宿の架空のビルの一階にある洋書店(店主は其ノ一と同じ)。

「淡交」誌で私のヒーローの取材。ターザンと怪人二十面相がマイ・ヒーロー。現実を超えるためには虚像のパワーが必要。

しばらく放置していたルソーのシリーズに取りかかる。ルソーは素朴な夢の詩人だって、そんな馬鹿な、彼の心の底の悪意を私の心眼で暴いてお見せいたしましょう。(ナンチャッテ)
夜、歯医者へ。へえこんな時間でも診てくれるんだ。これで安眠。
2016.10.26
 「アレッ?」 空の彼方の黒い点は飛蚊症? と次の瞬間、点は巨大な物体に変貌してビル街の頭上に瞬間移動。昔の湯タンポ型のその物体は微かに振動しながら静止している。とその時、もう一機が! 最初の機が迂回してぼくの頭上数メートルの所をゆるい風のように通り過ぎようとする。この飛行物体には窓がないのに内部の搭乗者の顔が透視するようにぼくには見える。やゝあさ黒い皮膚のラテン系のヒューマノイド型宇宙人だ。親しみの思念が伝わる。がそのままこの飛行物体は大空の彼方へ光よりも早く吸い込まれていった。夢か現か幻か心地でしばし放心。

東京新聞の自伝「この道」105回の連載脱稿。解放感と寂莫感漂うが次のステップに一歩踏み出す。
東京スタジオで「家族はつらいよ2」のタイトルバックの試作のチェック。

昨日暖房、今日冷房。
2016.10.27
 山田さんとわがスタッフで国立新美術館へ。「ダリ」展でのトークショーを館長の南雄介さんと。南さんが編集した映像を見ながら語る。不思議とダリの絵はこちらの口を封印させてくれない。なぜか饒舌を誘う。鑑賞者を沈黙させる絵があるかと思えばダリのように語らせる絵もある。だけどダリの家で会った時はダリの沈黙が凍結したような時間の中で居心地の悪さを体験した。そんなダリの沈黙に対してガラは言葉を吐き出し続けていた。
灘本唯人さんを偲ぶ会で、和田誠さん、平野レミさんと(撮影・徳永明美)

2016.10.28
 東京ステーションギャラリーの「高倉健」展の何回目かの確認事項のチェック。映画会社のからむ仕事でクリエイティブな発想はかなり困難だ。

スイスからイサベル・ドルトさんが10年振りで来訪。ほとんどの海外旅行者は直島、豊島を経てやってくる。スイスで個展中の新聞記事を見せてくれる。写真入りの一頁の大きい記事が掲載されていたが海外の美術館や雑誌社は中々送ってくれない。日本と違って海外の学芸員は展覧会の成果は自分達にあるという発想があるので、美術館の記録として保存はしている。

夜、東郷記念館での灘本唯人さんを偲ぶ会に徳永と。やや遅れて発起人の挨拶の最中にすべり込む。こういう人の多い場では誰のどの言葉も聞こえない。何が面白くて笑っているのか、逆に奇異に感じる。
2016.10.29
 自宅の外観の柱と壁を朱とピンクと白のラテンカラーで色分け中。成城の中のバチカンってとこかな。家の外観から住人の内観に迫る色彩新健康戦略なり。(ナンノコッチャ)
2016.10.30
 昨日から探し物をしているが、いつもの定位置にない。徹頭徹尾怪しい個所を全部くまなく探したが見つからない。探しようがない。次第に紛失物に執着し始めた。こーいう場合執着すればするほど出てこない。一端紛失物から離れるしかないが、いずれ出てくるんじゃ困る。物忘れが老化によるものとは考えたくない。昔から物忘れ癖があるからだ。こーいうことは全て性格と無関係ではなさそーだ。

それにしてもここんところ難聴が激しく、人との会話が難しくなってきた。分ったような顔をして「フンフン、ハイハイ」と言っているが聞こえてないのである。家での妻との会話、事務所の徳永との会話も何度も聞き返す。

この間から就寝時にきまって佐藤愛子さんのエッセイを何冊か読む。佐藤さんの痛快人生論に浄化されます。そしてよく眠れます。(よこお・ただのり氏=美術家)
2016年11月4日 新聞掲載(第3163号)
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