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誰も見ていないから 第20回
2016年11月4日

誰もみていないから ⑳

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(鉛筆、越前和紙/2013年)ⒸShinjiIhara

「初恋は檸檬の味」

いつしか自分で記憶をすり替えてしまっているかもしれない、この思い出。中学高校と彼女はいたが、今はそれが初恋ではないと自覚している。

私の初恋の人。その出会いは、高校の階段の踊り場であった。「お前が世界の井原か。」と言って、初めて会ったのに一瞬にして距離を縮めてきたその人は、違う科の同級生だった。私がいた美術科と普通科の校舎は離れていたからそれまで見たことがなかったが、友人に聞いて私のことを知っていたらしい。何を吹き込まれていたかは知らないが、その衝撃的な一言を放った同級生は、それを機に毎日のように私に会いに来るようになった。マンモス校と言われていた学校の校舎を行き来するのにはそれ相応の時間と体力が必要なのだが、それにも関わらず、限られた昼休みの時間を使って毎日のように会いに来てくれるその子に、私は周りの目を気にして素っ気ない態度で接してしまっていた。本当は好きだったのに、好きだと言えなかった。

卒業後、何年か経って告白じみたことを冗談まじりに話したら、あっさりと断られてしまった。檸檬のようにすっぱい思い出であるが、最初に言われたあの一言は、今でも何か道に迷いそうになった時いつも助け出してくれている。
2016年11月4日 新聞掲載(第3163号)
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