床に散るキング、スペイド山屋にしのび入りトランプを切りし一人あり 葛原妙子『縄文』(1973)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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現代短歌むしめがね
2016年11月4日

床に散るキング、スペイド山屋にしのび入りトランプを切りし一人あり
葛原妙子『縄文』(1973)

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「幻視の女王」の二つ名を持つ葛原妙子は、西洋の幻想文学のような世界観を戦後短歌の地平に打ち出して後進に大きな影響を与えた歌人である。彼女を高く評価して世に出したのは、短歌雑誌編集者で幻想小説の作家としても知られる中井英夫であった。

掲出歌は犯罪の歌といえるかどうかは微妙なところだ。殺人などの凶行が直接的に描かれているわけではない。しかし、闇に包まれた奇妙な人間心理がテーマとなっている。謎に満ち満ちた、ミステリのような魅力を放っている一首だ。収録歌集である『縄文』は73年三一書房刊の『葛原妙子歌集』に未完歌集として収録されたもの。実際の制作期間は50年代前半である。

山屋に入ると、トランプが散乱していた。すわ不法侵入かと色めき立つが、金目のものが盗まれた気配はなく、どうやら単に一人でトランプを切って遊んだりして去っていっただけのようだ。いったい彼(もしくは彼女)の目的は何だったのか。山屋を去ってどこへ消えたのだろうか。このキングやスペイドには何かしらのメッセージが込められているのか。顔が真っ黒な影で覆われた不気味な人物がトランプを弄んでいるしなやかな手先だけが、鮮やかに眼前にイメージされてくる。ミステリファンならちょっと気になってしまうような、ささやかだけどほの暗い謎が短歌のかたちで呈示されたのがこの一首だろう。きわめて珍しい、三十一音のミステリだといえるかもしれない。
2016年11月4日 新聞掲載(第3163号)
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